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ショット本社を訪問!(2)

今回の訪問時に、ショット社さんは私に一冊の楽譜のプレゼントを用意してくれていました。それはヒンデミット作曲の『ルードゥス・トナリス』の楽譜で、なんとヒンデミット自身によるカラーのイラストが描かれた限定ファクシミリ版の楽譜です。



曲の冒頭からライオンが描かれています。このライオンのイラストがこの作品中さまざまな形で出てきますが、すべてヒンデミット自身が描いたものです。なぜライオンかと言うと、実はヒンデミットの奥様が獅子座であることと関係しています。奥様の50歳の誕生日記念にこのイラストを描き、この楽譜が特別に制作されたわけなのです。それにしてもヒンデミットの遊び心と絵を描く才能には感嘆させられますよね。

この『ルードゥス・トナリス』(音の戯れ)という曲集は、調性と対位法を駆使して書かれたヒンデミットの重要な作品なのですが、意外に日本のピアノ学習者にはあまり知られていません。
実はこの曲に関しては面白い話があります。もう10年以上も前のことですが、私がカプースチンの自宅を訪ねた際に、カプースチンの作品の話になり、私があまり深い意味を込めたわけではないのですが「あなたの音楽にはヒンデミットの音楽を彷彿とさせるものがあると感じました」と言ったことがあるのですが、そうしたらカプースチンがすぐに、「これかい?」というような感じで『ルードゥス・トナリス』の一節を弾き始めたのです。それははっきり覚えているのですが、以下のフーガ(Fuga secunda in C)の冒頭でした!(以下の写真冒頭)



この曲をすぐに弾き始めたのもすごいと思いましたが、やはりいろんな作曲家の作品をよく勉強されているということを強く思ったものです。私がこの時のカプースチンとの逸話をショットの人にすると、彼らはとても興味深そうに私の話に耳を傾けていました。

ところで、この楽譜にはどのページにもライオンのイラストが出てくるのですが、面白いのは、フーガのテーマが現れるたびにその箇所にライオンの絵が描かれているのです。そして、例えば「拡大テーマ」が出てくる箇所ではライオンの胴体がダックスフントのように長~く描かれたり、反転するテーマではライオンが逆さに描かれたりしています。何というヒンデミットの遊び心でしょうか!(嬉しくなります。)



言ってみれば、ショット社にもこのような楽譜を出版する遊び心があるということでしょうが、ショット版の楽譜にはイラストや装丁など(もちろん子供用の教材にも)、さまざまな芸術性を付け加えているところが素晴らしいと思います。

ショット本社の建物の中には博物館のように重要な資料が保管されている部屋もありました。そのいくつかの部屋を拝見させていただきましたが、ベートーヴェンの『第九』やワーグナーの重要な作品『ニーベルングの指輪』や『パルジファル』など、ショット社が出版したスコアや初演データ(ポスター等)など、200年以上にわたる貴重な仕事の中身を具体的に知ることができました。






リゲティの作品には、上の写真のように図形というか記号というか、このようにカラフルに描かれたまるで楽譜とは思えないような楽譜も存在します。ショット社には、このように伝統的な記譜法を逸脱した現代作曲家の作品などを手がけたり、新しい未知の作品にも果敢に取り組む姿勢を持っているということでしょう。

今思えば、ショット社がカプースチンを手がけるのも時間の問題だったとも思えます。でもカプースチンは、他の現代作曲家たちと比べるとまだ保守的でわかりやすい作曲家とも言えますね。


資料室はロベルトさんが詳しく案内してくださいました。感謝です。

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ショット本社を訪問!(1)

ピアノを学習している人で楽譜出版社ショットの名前を聞いたことがない人は、おそらくあまりいないでしょう。マインツに本社があるドイツの最大手の音楽出版社ですが、もう創立200年以上にもなる老舗です。もちろん私なども、もう長い間さまざまな作曲家の作品を弾くためにショット版の恩恵を受けてきました。

今回のドイツ旅行でようやくこのショットの本社を訪ねることができました。



今回わざわざ訪ねた目的は、ショット社が2~3年前からついにカプースチンの作品出版を手がけるようになったからです。ショット社は多くの現代作曲家の作品を手がけてきたことでも有名です。今年になって日本国内にもカプースチン作品の輸入版楽譜が手に入るようになってきましたし、今後もカプースチン作品はショット社が力を入れて世界に向けて出版していくという方向がはっきり見えてきたので、もうこの辺でショット社よりずっと早くからカプースチン普及のための活動を続けている私としては、一度足を運んでおくべきだろうと思いました。



ショット本社の正面玄関を入ってすぐ左の壁に、私のフルネーム入りで『ようこそいらっしゃいました!』というプレートを見つけました。私が来るのを楽しみに待っていてくれたようです。素晴らしい中庭を持つ大きな建物ですが、その中の一室に案内され、さっそくカプースチンの楽曲の出版編集担当、編集部長、作品管理担当、協奏曲作品などのレンタル担当者たち等々すべての関係者にお会いできました。(レンタル関係の人だけは担当者ご本人が休暇中で、代理の方とお会いできました。)
最後に「よろしかったら、ぜひ社長も同席するので昼食もご一緒にしましょう」と言われたので、お言葉に甘えて、近くのグーテンベルク広場で時間を潰していた家内まで(笑)がお邪魔させていただいて一緒に歓談しながらお昼を頂きました。





この席でショット社のトップであるDr.ペーター・ハンザー=シュトレッカー氏にもお会いできたのですが、彼自らが契約の際にはモスクワのカプースチン自宅まで訪ねて行き、そのモスクワ訪問時の写真を綺麗で立派な装丁を持ったアルバムにして(この行為自体がとてもショット社っぽい!)後にカプースチンにプレゼントしたらしいのですが、実はその素晴らしいアルバムを私は2014年にカプースチンを訪問した際にカプースチン本人から見せてもらったことを思い出しました。
ハンザー=シュトレッカー氏自身がカプースチンの音楽について意識が高かったのはもちろん、もっと驚いたのは、スタッフ全員がカプースチンに関してかなり高いレベルまで話が通じたことです。また彼らは音楽全般にも詳しく、人間的にもすばらしく、あらゆる意味でバランス感覚に優れていました。私の窓口になってくれているロベルト氏などもピアノを専門にやってきたわけではないのに、『変奏曲』Op.41を自分でもすでに弾いたと言います。他のスタッフたちも名刺を見るとほとんどが「Dr.~」です。彼らはインテリで、かつ音楽をとても愛していることが分かりました。(実際、会社の人たちの半分は楽器が演奏できるのではないかと推察しました。)

今後は私もチームの一人として協力していくことになりました。あらゆる現代作品に手慣れてきたとは言え、ショット社にとってもカプースチンは手強い作曲家であることは認めているようで、私のサポートをとても喜んでくれています。まだ具体的にはこれからですが、少なくともカプースチンを取り巻く環境はさらに良くなっていくことと思います!

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ドイツから(2)

昨日は長い一日でした。
午前中は辻井君のコンチェルトのゲネプロに立会い、その後はそのゲネプロの録音演奏を聴きながら今や専属ディレクターのフリーデマン氏と一緒にこの日のライヴ録音と、さらに演奏会終了後の収録に向けての準備を伸行君自身と一緒に行いました。



午後は、ベルリンでロシアの作曲家メトネルを非常に詳しく研究する音楽学者であり、作曲家でもあり、そして国際的なメトネルフェスティバルや自身が主催するメトネルに関するあらゆる情報を世界に送ってくれているWendelin Bitzan氏に会うことができました。お互い忙しい合間を縫っての1時間半弱の濃い会話(笑)でしたが、とても楽しいひとときを過ごしました。

そして、夜は20:00からフィルハーモニーホールでドイツ・ベルリン響のコンサートで辻井君の演奏の本番です。





ここ数年の彼の演奏の中では久しぶりの熱演で、お客さんの反応もなかなかのものだったと思いました。私も今回は結果として大いに関わることになりましたが、それにフリーデマン氏のこだわりの要求が加わったりして期待大のコンサートとなりましたが、伸行君はそのプレッシャーに見事に応えてくれました。しかも、コンサート終了後も22時過ぎからさらに録音セッション(これは指揮のアシュケナージもオーケストラをも巻き込んでのセッションでしたが)があって、23時近くまで演奏者は全員ホールにいました。しかも誰も疲れを見せず。我々もその後ようやく夕食です。
少なくとも午前2:00頃までは食べていたと思います。私はギブアップして途中で帰ったのですが。(笑)

伸行君は、翌日朝早く起きて、また飛行機に乗ってシンガポールへ10時間弱、そこで2時間のトランジットがあってさらに10時間強のフライトでオーストラリアまで行ったはずです。(私の記憶に間違いがなければ。) そしてその翌日がすぐリハで、その翌日から再び本番。いつも時差ボケがまったくないと豪語していた辻井君ですが、さすがに今回のスケジュールは話を聞いただけで心配してしまうほどの強行軍です。でも、あとでこのスケジュールによる時差ボケに耐えられたかどうかを訊くことを約束しました。本人もどうなるか楽しみなようです。(ここが変人です。笑)

さて、私は今日はライプチヒにいます。ライプチヒと言えば、もちろんバッハが活躍したトーマス教会のある町ですし、シューマンやメンデルスゾーンも活躍したことで有名でしょう。ゲヴァントハウスもあります。ただ、1日ほど滞在したらまた移動です…。


(背景にアシュケナージ氏も見えます…!)

雑記 : 05:35 : comments (x) : trackback (x)
ドイツから(1)

ブログがここ3~4日間くらい、メンテナンスと設定変更の作業のためにずっと見れない状態が続いていたようですが、ようやく復旧したようです。皆様にはご迷惑をおかけしました。

今、ベルリンに来ています。
ちょうどいくつかの仕事をうまく組み込むことができて、辻井伸行君の今日のベルリンのフィルハーモニー・ホールでのアシュケナージ指揮のショパンの2番の本番に居合わせることができました!
本番はちょうどこれからです。





お昼のゲネプロはほとんど通しがメインでしたが、今回はCD録音も兼ねているので、こういう時はアーティストは二重に神経を使います。一方ではライブとして効果的な演奏、もう一方では録音のことも考えながら演奏しなくてはいけません。ゲネプロが終わっても、伸君はディレクターと一緒にゲネプロのプレイバックを聴いて、それを反映して演奏を調整した上で夜のコンサートに望みますから神経も体力も普段より余計に使います。しかも、今日は演奏会終了後もそのまま録音セッションが22時半まで続けられる予定ということです。
そんなこんなでソリストはいつも大変です。

ただ、今回はけっこう一緒の時間たっぷり過ごすことができ、予期せぬ展開となったことは嬉しかったです。
ベルリン初日からなんと総勢9名で夕食! 伸行君お気に入りのアスパラガスとヴィーナー・シュニッツェルを全員が注文しました。(笑)





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辻井伸行×服部百音コンサート/「カプースチン・フェスティバル2018」

先日5月2日には辻井君のコンサートがあったので、東京オペラシティへ足を運んできました。辻井君とやはり新進アーティスト(ヴァイオリン)の服部百音さんがそれぞれソロ曲を1曲と読響との共演でコンチェルトを1曲弾くというプログラムで、服部さんが前半でショスタコのコンチェルト一番を辻井君は後半でショパンの1番を弾きました。そして、アンコールは二人の共演で1曲。このオペラシティ公演が一連のシリーズ前半の最終日でした。



服部百音さんは今注目のヴァイオリニストで当日は彼女へのマスコミ取材も多く入っていました。私たち一行は辻井君の楽屋へ行きましたが、こちらにもアーティストや有名人が何人か来ていましたね。ところであまり知られていない事実かと思いますが、この二人はどちらも東京音楽大学付属高校で特待生として学んでいるのです(いたのです)。


思わずシャッターを押してしまいましたが、辻井君の左手はお母さんのいつ子さん、右手にいるのは神田うのさんです。仲良いのかな。

最近の私にとっては珍しいことですが、来週もまた続けて辻井君の演奏を生で聴きに行く予定です。(来週は外国での話になりますが。)
辻井君は6月にもまだ上のコンサートのシリーズで後半の6公演が続きます。それが終わると7月はプレミアム・リサイタルのシリーズで新レパートリーを含むリサイタルの国内ツアー。さらに8月・9月・・・年末まで国内と海外を行き来しながら途切れないスケジュールのようです。


話は変わって、長らくお待たせしていた次回の『カプースチン祭り』がようやく企画されました。開催日時は2018年1月8日(月・祝)で、4月にオープンしたばかりの新しい「浦安音楽ホール」にて行われます。全国からカプースチンファンが集う盛大なイベントになることが予想されます。ファンの方々、カプースチンの音楽、演奏に興味のある方はぜひ予定を空けておいてください。例年にならって、今回も三部構成で企画中です。
演奏会出演者の募集は秋頃になる予定です。また告知したいと思います!

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モスクワ音楽院付属中央音楽学校のこと

最近、ある近しいピアノの先生からモスクワへピアノ教育に関する取材に行きたいということで相談を受けた際に「モスクワ音楽院付属中央音楽学校」のことが話題になったので、この機会に少し書きたいと思います。

最近はカプースチンに関する修士論文を書く学生も増えてきて、先日の伊藤楽器で行なった公開講座の時にはカプースチンの熱狂的なファンを自称する伊石有里さんも関西から駆けつけてくれて、彼女が書いたばかりの論文も頂きました。多くの修士論文をこれまで見てきましたが、なかなか良く書けていて感動しました。ただ、カプースチンに関する日本語の文献がまだ少なすぎることからくる苦労と努力の跡は見られました。でもかなり多く参考文献や情報を手に入れていて頑張られたのだなーと感じました。
伊石さんの論文では、一部どうしても原典に当たれない部分は2006年に初めてカプースチンについて書かれた芸大の斎藤君の論文等から孫引きするしかなかったものもあるかと思いますが、特にカプースチンがモスクワ音楽院に入る前にアフレリアン・ルッバーフ先生についてピアノを勉強した音楽高校について、私はこの学校の日本語の正式名称は「モスクワ音楽院付属高等音楽学校」(あるいは「~音楽高等学校」)とするのが良いのではないかと思います。ちなみに、この学校は「モスクワ音楽院付属~」という名を冠する2つの学校うちの1つですが、上記の「中央音楽学校」とは違うほうです。

これら「モスクワ音楽院付属~」という名を冠する2つの学校の名称は、実はロシア語ではまったく違った名称で、それぞれ書くと次のようになります。①が中央音楽学校、②がカプースチンの通っていたほうの学校です。

①Центральная музыкальная школа при Московской консерватории
②Академическое музыкальное училище при Московской консерватории

皆さんロシア語が読めますでしょうか。(笑)
本来は、「モスクワ音楽院」に付く正しくてもっと長い形容詞があるのですが(外国の音大は正式名称がやたら長いのが多い)、一応これが正式な学校の名称です。後半には「モスクワ音楽院付属~」とまったく同じ語が使われているものの、前半を見ると、①は通常の「学校」という語школаが使われており、②のほうは、やはり学校ですが中等教育を行なう学校という語のучилищеです。

歴史は②のほうが古いのですが、一般的には①の中央音楽学校(頭文字をとってцмш(ツェー・エム・シャー)と呼ばれる)のほうが有名かもしれません。そして①は多くの日本語の本の中で「児童音楽学校」と書かれることもあります。というのは、この学校は7~8歳から入って音楽の高度な教育を教わる10年制で、しかも音楽以外の一般教科も学ぶので、初等教育と言っていいのか中等教育と言っていいのかわからないからでしょう。もちろんどちらも含むわけで、この学校からモスクワ音楽院へエリートたちの教育は続いていくわけです。
この①中央音楽学校は、あのゴリデンヴェイゼル(晩年はモスクワ音楽院でカプースチンの先生でもありました)の主導で1932年に設立された学校です。(「中央音楽学校」という名前になったのは1935年。)当初はネイガウスやイグムノフなどモスクワ音楽院の名教授たちが一緒に協力する形で始まり、この中央音楽学校がモデルになって、その後ソビエト全土に24校の「特別音楽学校」が設立されていったということです。カプースチンが生まれた1937年にはレニングラード(サンクト・ペテルブルク)に次ぐ3校目としてウクライナのキエフにもすでに存在していたようで、ロシア(ソビエト)の音楽教育はこの頃からものすごく専門性が高かったことがわかります。実際このようなシステムの中で、多くの音楽家たちは育ってきたと言えます。

もともとはモスクワ音楽院が存在したわけで、ある時、「やはりもっと低年齢から音楽の専門教育を施す学校が必要だろう」ということで下へ降ろされてきたという経緯です。これ自体は、日本での音楽大学に付属高校などが存在するのとある部分似てはいます。
また、モスクワではグネーシン記念ロシア音楽アカデミーも有名です。このグネーシンの付属音楽学校もあります。今年は我が東京音大にもグネーシン・アカデミーのトロップ教授がまた来られるようですし、エリソ・ヴィルサラーゼなども来られる予定で、ロシアの現役教授陣は広く健在です。ピアノを勉強している人たちにとっては、偉大な作曲家たちとその膨大なレパートリーの重要性を考えると、ロシアはまだまだ勉強しなければいけない未知の宝庫のように思います。

ロシアに関しては今でもまだ日本語の文献が十分存在するとは言えないし、英語の文献を読んでも結局ロシア語の知識がなければはっきりわからないことが山ほどあるので、今後の好奇心旺盛な学生たちや研究者たちの活躍に期待がかかるところです。

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濃い3日間でした!

久しぶりの投稿になりました。
この3日間、故郷の旭川に来ておりまして、縁あって旭川永嶺高校の吹奏楽局の定期演奏会で2日にわたって共演させていただく機会を得ました。吹奏楽のコンサートにピアノコンチェルトの演奏で呼ばれるというのは少々珍しいケースかとは思いますが、とても素晴らしい経験となりました。この学校は昨年から2校が統合されて校名が変わったため第1回定期演奏会ということでしたが、長年にわたり華々しい実績を作ってきた凌雲高校の吹奏楽局が母体で、その指導を続けてきたのが東京音大で私の2年後輩に当たる吉川和孝先生です。



約3時間に渡るプログラムはとにかく盛りだくさんで、吹奏楽というものがここまで進化しているとは私は知りませんでした。これほどまでに多彩なプログラムで、もう私は心の底から尊敬してしまいますが、それにしてもこのようにプログラムの表紙にまで私の写真を載せてくれるなんて光栄というのを通り越して少々恥ずかしいくらいです。私はオマケで十分だったのですが、それでも一緒にグリーグのコンチェルトを共演させていただき、2日間ともソリストアンコールまで弾かせてもらえたのは有難かったです。ちなみにアンコール曲は、1日目はラフマニノフの「アンダンテ・カンタービレ」(パガニーニの主題による狂詩曲より第18変奏)、2日目は吉川先生に乗せられて思い切ってカプースチンのトッカティーナ(作品36)を弾きました。

永嶺高校の吹奏楽局は、北海道でまだ数校しかやっていないという「ダンプレ(ダンス&プレイ))というものをいち早く取り入れ、非常にノリの良い激しいダンスとともに楽器を吹いたりするのですが、飛び跳ねながら吹いても全然音がぶれないし、もう圧倒的な迫力でした。さらに普通に演奏するだけでなく、ミュージカル、合唱、マーチングなどすべてを取り入れ、そのすべてが非常に高いクオリティで感動しました。実際、私は自分の演奏が終わったあと第2部を2日間とも観させていただきましたが、最後は泣いてしまったほどです。



この旭川市民文化会館は、私自身が小さい頃からずっと通っていたコンサート会場ですが、この1500人の大ホールで2回公演はもう毎年やっているとのことです。もう開場の1時間前から大勢の聴衆が並んでいたのが印象的でした。


水野雅文先生(左)と吉川和孝先生(真ん中)

水野先生は、私が旭川東高校時代の音楽部(合唱部)の先輩です。母校に赴任して合唱部指導をされ、一度はNコンの全国まで導きました。その時は私もNHKホールへ応援に行ったり、また旭川でのさまざまな大きなイベントの時には呼んでいただいたりするなどその後もずっとお世話になっています。今回もお互い忙しい中お会いできました。





それにしても、永嶺高校の吹奏楽局の皆さんは本当にパワフルで、朝から晩まで練習や打ち合わせ、そして寝る時間もないほどの準備が必要だったと思います。一人ひとりがプロ意識を持って取り組んでいると私は感じました。これからも応援していきたいです!

雑記 : 06:57 : comments (x) : trackback (x)
バッハコンクール審査を終えて

昨日は日本バッハコンクールの全国大会の審査でHAKUJUホールへ行ってきました。私が審査したのは一般Aと一般B部門。この分類は、音楽の専門教育を受けていないか、あるいは受けたどうかを問わない、しかも学生ではない人たちの部門でした。他の学生たちの部門は同時進行で他会場で行われていたことと思います。曲はバッハなら何でも良い自由曲。つまり昨日は朝の9時過ぎから20時頃までかなり長丁場となるバッハで始まりバッハで終わる一日。「それは大変ですね」と思われるかもしれませんが、実際には終日まったくストレスを感じなかった審査会でした。審査員のメンバーにも恵まれていたのかもしれません。ちなみに私が昨日御一緒させていただいたのは(敬称略ですみません)秋山徹也、上野優子、大塚直哉、平井千絵の4名の先生方。たくさんお話もできました。



このコンクールはピティナ主導のコンクールで(東音企画)もう第7回目の開催となります。けっこう定着してきて参加者も多いようです。バッハだけを弾くコンクールで、目的は「音楽の原点を学ぶ」という位置づけで、「バロック期のポリフォニーの作品を学習することで、読譜力や演奏能力の向上を促し…云々」と要項には謳われていますが、実際にはそれ以上の大きな意味があるのではないかとコンクールを聴いていて感じました。

バッハの作品は、ただ楽譜を読んで演奏するだけでは曲にならないところがあります。もちろん背景の知識も必要だし、正しい奏法というような技術的な観点もあるでしょう。ただそれ以上に重要なのは、やはりバッハの精神を感得することができるか、あるいは、音楽の奥深くにあるものを掴んでそれを表現する能力が出せるか、というあたりにも重要な点があるのではないかという気がしました。ある音楽作品の中に、いかに本質的なものを見出して、あるいは曲の性格を理解したり解釈を加えたりして、自分の表現力を駆使して音楽の中の崇高な精神を紡ぎ出すか、というところが重要です。それを必ずしも理論からではなく直感的なもの、あるいは自身の感性やセンスを発揮して、見事に素晴らしい演奏を展開していた奏者もいました。

昨日は、私が大いなる美点を見出した奏者が必ずしも入賞できなかった例もあったことはありましたが、ちゃんと各審査員の評点とコメントが書かれた用紙が一人ひとりに配られるので、納得がいかなかった人もそれぞれの審査の先生が評価した点や感じたこと、アドバイスなどが正しく伝えられていることと思います。その意味でも、単なる順位を決めるコンクールというだけではなく、勉強の場として大きな役割を果たしていると感じるところです。ピティナは特に貢献されていると思いますが、やはり今の時代は人との出会いの場を提供したり、共に学び合える勉強の場を増やしていくことも大事だと思います。


きれいなクリアファイルでした

雑記 : 10:22 : comments (x) : trackback (x)
辻井君と食事/カプースチンのコメントなど

昨日は、久しぶりに辻井伸行君親子と私たち夫婦で一緒に食事をする機会があって、先月のオーストラリアでの演奏会成功の話などを聞きながらとても楽しいひと時を過ごしました。ただ、お母さんのいつ子さんと私ばかりがよく喋っていたような気がします。すみません。

3日前の朝のNHKに辻井君が出ることは知っていて、たまたまその時テレビが近くにあったので気がついてスイッチを入れた瞬間に彼がちょうど出ていたのですが、もう少しで逃すところでした。「真田丸」のテーマソングなどをヴァイオリンの三浦文彰さんと弾いていたのですが、演奏もトークも二人ともとても良かったです。あとで本人に聴いたらあれは生放送だったのですね。朝の5時半にNHKのスタジオに向かったとか。早朝から大変でしたね。

さて、11月6日の私がコンチェルトを弾いた演奏会の話に戻りますが、その日のカプースチンのコンチェルト第3番の録音を作曲者本人に送ることができました!かなり待ち遠しかったようですが、なんとか無事に送ることができて聴いてもらえて良かったです。その翌日、さっそくカプースチンからコメントを頂きました。(以下、露→日に翻訳)
「…2回通して聴いたよ。とても満足しています。ご成功本当におめでとう!とても難しくて長い曲…私のすべての作品の中でこの曲より長いのは『24のプレリュードとフーガ』だけですよ。本当にありがとう!偉業を成し遂げてくれた。ほかにこのコンチェルト弾く人はどこにも見当たらないのだから。…中略…
「で、Youtubeにはどうやって公開するか私は判らないが…でも公開すべきだと思うけど…
もう一度本当にありがとう。でも動画がないのは残念だな…」

カプースチンはインターネットでも自身の作品を世界のさまざまなアーティストが演奏してアップしているのを楽しみに聴いておられるようですね。
この音源を一般公開するかどうかはまだ分かりませんが、でも多くの人にどうにかして聴いてほしいとは思っています。どちらかと言えば、私はこのコンチェルトを再演したい気持ちでいっぱいです。それが実現するようにまた働きかけていきたいと思っています。

先週はまた、カプースチンの誕生日の前日という日を選んで、カプースチン79歳の誕生日に捧げるコンサートを企画した人がいます。アメリカのジュリアード音楽院で学んでいる中国出身の若いピアニストLiang Dai君なのですが、彼はカプースチンに入れ込んで数年前から作品を弾いていて、どうしてもこのコンサートを企画したかったということです。そして、このコンサートも無事に成功に終わったようです。
プログラムはオール・カプースチンで、ピアノ協奏曲第2番、第4番ほかオーケストラと共演する他の曲(Op.3の変奏曲など)やソロ曲を含め、かなり長いプログラムをやったようです。カプースチンを熱愛している彼はジャズも得意とするようですが、いずれはカプースチンの曲は全部弾きたい、いや弾いてみせると作曲者本人の前で豪語したとか。
ちなみに、カプースチン本人はもうあまり外に出ないのでこのコンサートには出かけなかったようですが、その翌日彼の自宅にこのピアニスト君は訪ねて来たようです。カプースチンは、「彼とは友達になれた。彼はなかなか素晴らしい」と言っていたので、カプースチンも喜んではいるようでした。「コンサートの録音を送ってくれると言っていたけど、まだ来ない」とか言っていましたから、興味は強く持ったようですね。

最近は世界のあちこちにこのようなカプースチンの熱狂的なファン(演奏家も)が増えていっているようです。ちなみに、一晩にコンチェルトを2曲も弾いたジュリアードの彼はまだ17歳になったばかりと言います。軽いショックは受けますね。(笑)

雑記 : 23:05 : comments (x) : trackback (x)
コンチェルト世界初演後の近況…

一連のカプースチンを含む演奏会を終えて、その後休む間もなく仕事に追われていました。今日も考えてみれば日曜日ですが、朝早くから大学で指定校推薦入試とAO入試関連その他の実技試験の審査にずっと入っておりましたので、ほぼそれだけで一日終わってしまいました…。結局先日の演奏会の後は、たった半日の自由時間はおろか、起きている間は数時間の空き時間さえ与えられないまま現在に至っています。あの日からもう2週間も経っていたのですね…。あまりの時間の速さに呆気にとられています。

ただ、つい数日前にレッスンの合間に嬉しい取材を一つ受けました。「音楽の友」と「ムジカノーヴァ」が、先日のカプースチンのピアノ協奏曲第3番の世界初演をレポートしてくださるということで、大学まで取材に来てくださったのです。おそらく12月20日頃発売の1月号に出ると思いますが、このインタビューには今回のコンサートの主役でもある学生たちの中から、プレミアムオーケストラをまとめる役目をしてくれたTb.小村さんと、コンマスを務めてくれたVn.佐々木大芽君も飛び入り参加してくれて、とても楽しい取材のひとときになりました。佐々木君も私も「未だにカプースチンの協奏曲が頭の中で鳴っているよね!」などと言い合っているのを取材班は呆れて見ていたと思います。(笑)

それにしても、あの日の演奏を自分でも早く聴き直してみたいと思うのですが、録った音源はまだ私の手元にも届いていません。「本当に早く聴きたいのだよ!(催促)(笑)」 あのボンゴが頭の中にまだ鳴り響いています。私以外の人たちもずいぶん待っているようです。CDは出ないのか?とか。(たぶん出しません。)動画は録ったのか?とか。もちろん撮っていただきました。外国からも問い合わせが来ていますが、まだ答えられない状況です。カプースチン本人にも。もうその前に3番のコンチェルトの再演プロジェクトを立ち上げたいくらいです。1回では本当にもったいなかった。

でも、あの1回きりの生演奏は今思えば本当に価値の高いものだったと感じます。多くの人に聴いてもらえて本当に良かったです。今回執筆してくださる(有名な)ライターさんもちゃんと聴きに来てくれていたことを知って本当に嬉しかったです。

まあこんな状況で、まだコンチェルト世界初演の余韻をだいぶ引きずっておりますが、そろそろ先に進まなければいけませんね。今後の良い活動につなげていきたいと思っております。


9日の演奏会より
アンサンブル・メンデルスゾーンとの本番直前のリハ風景


伸君からまさかこんな立派なお花が送られてくるとは!
こんなことは初めてだったかも…。
本当にありがとう。

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