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卒試と演奏家の将来

うちの音大は卒業実技試験の最中です。
審査委員の私たちの仕事は、朝から夕方まで椅子に座ってじっと演奏を聴く毎日ですが、アクティブに活動している時よりもなぜかエネルギーを放出しているようで、家に帰ってくる頃にはこちらもクタクタになっています。

さて、連日審査を御一緒している先生方と学食で昼食休憩の時に話をしたりするのですが、昨日は面白い話になりました。
非常にレベルの高いピアノ科の学生たちについて話していたのですが、ピアニストでもあられる大先生(失礼!誰かわかってしまうかな)がおもむろに言葉を吐きました。「30年後には、現在やっているようなクラシック音楽の演奏会はなくなっていると思うよ」と。その先生の口から出てくる言葉としては衝撃的ではありましたが、その意味をよく訊くと、もちろんモーツァルトやベートーヴェンが30年後になくなっているわけではないが、いま普通にやっているような演奏会、つまりクラシックピアニストが過去の音楽をただ楽譜どおりに演奏してお客さんがたくさん集まるというような演奏会はもうなくなっていくだろうということ。きっと違った形態に変わっていくだろうと。
私も確かにその通りになるだろうと感じます。

しかしその言葉をその大先生から聞いたのは印象的でした。私自身も常々思っていたようなことではあったのですが、現実に第一線で演奏されながら、すでに何らかの兆候を感じておられるということなのでしょうか。ただ、30年というのは一応まだ長い時間ではありますが…。
このことは、たとえば難曲を素晴らしく弾きこなすトップ級の器楽科の学生が卒業したとして、これまで通りの形態では演奏家としてはやっていけない、つまり仕事にならなくなっていくというわけです。では、今後の演奏家はどうあるべきなのか。

音楽自体のあり方が今とは変わっていく可能性はあるでしょうから、まず常に新しいものにはアンテナを張っていく必要があるでしょう。数十年後には、クラシック音楽の演奏家は「古典」をやっているという意味で、きっと特別な意味合いを持った位置づけになっていくのでしょうが、それにしてもそこに何らかの付加価値が付かなくては仕事としては成り立たなくなるのは目に見えています。聴きたい音楽は、もう今では生演奏以外に聴く方法はいくらでもあるわけですし、その傾向はおそらくもっと強くなっていくことでしょうから。

今現在、もう付加価値を持った仕事を意識していくことは不可欠でしょう。単に人よりも上手く演奏できるというだけでは人々のニーズを満たせないというわけです。純粋に音楽に感動してほしいと思う気持ちに嘘はありませんが、今の時代どんな仕事にも付加価値というものは大切です。商品として売っていくという意味では他のものと同じで、職業として成り立たなければ音楽家は存在できないことになってしまうわけですから。
そのための勉強ということを考えると、学生時代からそういう意識を持って専門技術はもちろんのこと、専門以外のことにも興味を持ったりして多面的な実力をつけておかないと将来仕事ができる人にはなれないだろうな、と思ってしまいました。

雑記 : 19:11 : comments (x) : trackback (x)
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