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「指使い」と「ボーイング」

ピアノを演奏するために必要なテクニックはいろいろありますが、中でもやはり一番重要で基礎とも言えるものが「指使い」ではないかと思われるのです。楽譜に運指は書いてありますが、それがどれだけ重要なものかを悟っている人は案外少ないでしょう。どんな指で弾いても「とにかく弾ければ良いのだ」、と考える人もいるかもしれません。それでもやはり、音楽的な見地から言って、私は指使いというものを軽視しては良い演奏は成り立たないと思うのです。

プロ・オケの本番直前の練習で、それまで揃っていたヴァイオリンのボーイング(弓の“上げ下げ”)を、土壇場で「逆にしてみましょう」とやっているのを見たことがあります。こういうことは、コンサートマスターの責任で決めるわけでもありますが、そんな大切なことはちゃんとした規則があって、最初から決まっているものだろうと素人の人は思うことでしょう。ところが、本番直前で変更することもあるのです。しかもその箇所は、もう何度も弾いてきたポピュラーな曲の第1主題であったりするのです! それは、ボーイングというものもそれほど繊細で、簡単にどちらかに決められるものでもないし、また音楽の捉え方でいくらでも変わるものでもあるということなのです。決して、思いつきや気分であれこれボーイングをその場で試しているわけではないのです。

ピアノの指使いもまったく同じで、私なども本当によく変えます。コロコロ変えているようにも見えるかもしれませんが、少しでも最善の指使いを毎日探しているわけです。良いと思えば、本番の前日であろうと変更します。こういう姿勢は、実はピアニストの人にとっては当たり前のことで皆やっています。私は横山幸雄さんに、ベートーヴェンのワルトシュタイン・ソナタの最終楽章の最後の方に出てくるオクターヴのグリッサンドをどう弾くかを質問したことがあります。彼は、「両手でも弾けるし、片手でグリッサンドでも弾ける。当日のピアノのタッチによって決めるね」と言っていました。つまり、本番のその場で指使いを決めるというわけです。確かに指使いによって音楽的にも変わってしまいますが、もちろんそれを知った上でやっているということです。ただ、もちろんそこまでできる人は、通常のパッセージならおそらくどんなものでも瞬間的に理想的な指使いを見抜く力を持っています。プロの弦楽器奏者でもそうでしょう。ボーイングにはきちんとした決まりがあります。しかしその上で、いろいろ常に試しながら少しでも良い演奏ができる可能性を模索しているという訳なのです。

だから生徒の指使いを決めなければいけない先生の役割は大きなものだと思います。いろいろ意図を持ってやらせてみなければ理想的な指使いは分からないものです。ただ好きに弾かせても、子供は絶対にうまく弾けないのです。先生は、本当に良い指使いがどうかをいつも模索する必要があるし、できるだけ良い指使いを与えてあげてほしいです。また、練習の途中で指使いを変更することをあまり恐れない方が良いと思います。やはりいろいろやってみなければ分からないのです。(もちろん本番直前であれこれ迷いすぎるのは良くありませんが。) だから、少なくともコンクールで生徒さんを上位入賞させている先生は、やはり良い指使いを知っているのです。その先生は、たぶん良い演奏家でもあるはずです。それほど、指使いというものは難しいし、簡単には説明できない奥義の部分があるのです。しかし、実際にはあまりそれについては語られず、「人によってさまざまだし…」と片付けられる考え方が多いような気がします。



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