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「変奏曲」作品41の校訂についての補足

全音版「ピアノ作品集」第1巻の中の「変奏曲」作品41ですが、この曲はこの版では1985年に出版されたMuzyka初版を底本にしています。実はこの曲にはロシアでその後に出版されたと思われる異版があり、これは初版の単純なリプリントに見えながらも写譜ミスの多い楽譜です。最初、私自身もこの楽譜の方を用いていましたし、アムランなどもどうやらこちらを使って録音したようです。しかし、日本ではまだこの曲が出版されていなかったし、この異版を知っている人はおそらく少ないだろう、また単純なミスも多いのですべてを書き出すのは混乱を招くだけで大きな意味はないだろうと判断し、今回の新版での校訂報告ではこの版との照合をあえて無視しました。
しかし、日本で一番最初にカプースチン本人から楽譜をもらった方々に送られてきたのはその版でした。そのため、その楽譜のコピーを所持している方もおられるようです。この版には、例えば変奏番号が入っていないなど、初版と比べると違う箇所がいくつもあります。また、単純なミスプリのほかに、間違いかどうかが一見してわかりにくい微妙な音の違いなどもいくつかあります。全音版では、あくまで底本には初版の方を用い、作曲者がそれに手を加えた箇所のみ校訂報告で言及されています。(作曲者自身の録音を聴くと、いくつかの点から初版に基づいて演奏されたことがわかる。)


カプースチン : 20:03 : comments (x) : trackback (x)
作曲家との共同作業【「ピアノ作品集1・2」】

作曲家自身が具体的にどのように楽譜を監修したか、ということについて書いておきたいと思います。
今回は昨年に引き続き再び2冊同時に編集・出版したわけですが、まず最初に底本を決めた上でそれに運指の書きこみをお願いしました。(2月) それと同時に、作曲家自身がこの200頁ほどの楽譜の原稿すべてに目を通し、気がついた間違いは直し、さらに空きスペースにペンで五線譜を丁寧に書いて、そこに改訂した音符やリズムを書いたりOssiaを書き加えたりして送り返してくれました。(3月) それだけ丁寧に修正が入った楽譜でも、それがプロの手によってほぼ正しく浄書されたのちに、2冊合わせてざっと1000箇所ほどは小さなミスや編者が訂正・加筆をすべき箇所、そして音や運指の細部等に作曲者にもう一度質問せざるを得ない曖昧な箇所が残ります。楽譜を見ながら全曲を通して何度もピアノで弾きこみ、出版社・浄書屋とともに細部まで校正を何度か施したのちに、最終的に作曲家へもう一度質問付きの楽譜を送りました。(5月) 作曲家はすべての質問に答えてくださるのですが、さらにこの時点で重要な書き替えが何箇所も(!)増えて戻ってくるので、再質問が大幅に増えました。(6月) 最終的にはすべての問題が解決するよう、その後メール等での大変込み入ったやり取りがあってようやく完成。(7月) 私自身もすべての曲を録音していたことで、細部まで曲をくまなく知っていたからこそこのスピードで楽譜を2冊も同時編集することが可能だったわけですが、一般的に考えると異常なペースだったのではないかと思います。

それはともかく、カプースチン氏のユーモアによって大変な仕事の苦しみは軽減されました。校正譜には、彼が書いた赤ペンがたくさん入ってくるのですが、ロシア語(簡単なものは英語や伊語も)による注意書きに混じって、ところどころ日本語のカタカナまで入れてくれるのです。(彼特有のギャグでしょう。) それがなんとも可愛い!かなり頑張ったらしく、ところどころ「ひらがな」までも混じっていました。なんとも嬉しいやら驚きやらで、感動しました。


カプースチン : 20:02 : comments (x) : trackback (x)
チェルニーの練習曲とは

今月、「21世紀へのチェルニー」という本が発刊されました。著者は、音楽、特にピアノに関する著述や取材で活躍される山本美芽さんです。チェルニーの練習曲は、日本でのピアノ教育の現場ではほとんど機械的に使われ続けていますが、この習慣に一石を投じるという試みです。確かに、チェルニーの教本は異常とも思える普及度ですが、すべての人が効果的に使っているかどうかは常々疑問でした。また、練習曲というものがどれだけ本当に必要なのか、など、チェルニーから始まってさまざまな根本的な問題や課題について考えさせられる著作です。

この本では、多くのピアノ演奏家にも取材した上での事実に基づいていますから、ピアニストたちが練習曲、特にチェルニーとどのように取り組んできたのかということがわかり興味深いです。考えてみれば、私自身も子供の頃、チェルニーは「110」番から「100番」→「30番」→「40番」→「50番」まで全部やらされて何も文句を言わなかったのですから、従順というか、異常ともいえますよね。まるで問題意識を持たない純粋な子供だったのか…。

面白いことには、一線で活躍している演奏家たちには二種類あって、チェルニーを真面目に受け入れてよく練習したというパターン(しかし必ずしも1番から順番にすべてをクリアーしていくというやり方ではありません)、もう一つは、練習曲というものを最初から練習曲とみて理性的に効果的に使ってきた人、この二種類に加えて、あくまで音楽的要求を重視して練習曲を必要としない境地に早い段階でなった人、などがいるようです。チェルニーやハノンを使ったという人は、私が思っていたよりは意外に多いという印象を受けましたが、使って成功した人たちは皆、練習曲にかなり積極的な意味合いを持たせて使用していたということが共通していると思いました。

私もピアノを弾くためにはなんらかのエチュードは必要だと思っていましたが、各人それぞれに合った使い方があることは事実でしょう。プロの人は基礎練習に十分な時間を使うことが不可欠だし、実際に手や指を正確に動かす時間や体力(筋力)を衰えさせないための工夫が絶対必要です。そうでなければピアノなど弾き続けられるものではないでしょう。だから、ある程度の年齢になってからピアノを始めた人は、子供の頃からやっている人と比べて指が動かないのは普通だと思います。しかし私が不思議なのは、ときどきアマチュアの人でメカニック的にほとんど問題のない人がたまにいらっしゃることです。彼らは練習曲を毎日真面目にやっているとは思えません。しかし、指は正確に速く動くし、ひょっとして弾けない曲はないのではないか、という感じがするのです。次は、彼らにインタヴューを試みなければならないかもしれません。



ピアノ練習のヒント : 15:51 : comments (x) : trackback (x)
新刊楽譜いよいよ発売!

発売の日を心待ちにしているカプースチンの新刊2冊の楽譜は、私自身いまだに手元に入手できていません。しかし、ある楽譜店ではすでに店頭に並んでいる模様で、昨日購入したなどのいくつかの連絡を頂きました。どんなふうに出来上がっているか早く見てみたいです。
いろんな情報を皆さんありがとうございました。(なんだか逆になってきました。)
また最近、カプースチンを中心的話題としたブログを始めた方などもいらっしゃいますね。
http://blog.livedoor.jp/kapustin/
このほかにも皆さんのお陰でいろんなサイトを見つけましたが(普段からあまりチェックしているわけではないので)、外国でも熱く語られているなどいろんな発見がありました。


カプースチン : 20:02 : comments (x) : trackback (x)
【ピアノ作品集1・2】の特色

8月25日発売予定の「ピアノ作品集1・2」は昨年の11月に出版された2冊に引き続いての出版ですが、今回の楽譜にもいくつかの特徴があります。
まず第一に、カプースチン本人がこの全音版の編集に際して楽曲に手を加えたことで、作曲家の現時点での自分の作品に対する正しい意図が反映されていることです。それに今回も、作曲家自身の運指・コメントが加わります。楽曲には変更部分が多かったため、巻末に校訂報告を入れたのも今回の特色の一つです。自筆譜、又は初版譜の間違いの中で、単純なミスプリなど明らかな誤植等については訂正した上で校訂報告では省いたものもあります。しかし、A-RAMなどの他の出版社がこれらの部分についても作曲家に問い合わせずに誤植をそのままにして出版している例があります。
カプースチンの各曲解説には、前回の2冊の時よりもユーモアが感じられます。全文を日本語・英語に訳しました。また、今回の楽譜では編者による日本語解説も全文が英訳されています。その後の工程は予定通りに進んでいるということで、お店によっては早いところでは8月22日~23日頃には店頭に並ぶかと思います。これを機会に、多くのカプースチン・ファンが増えてくださることを願っています。


カプースチン : 20:01 : comments (x) : trackback (x)
「楽譜」から離れることが大事

クラシック音楽をやっている人にとって、楽譜は大切なものです。それは、「作曲家が残してくれたものは楽譜だけ」という状況が背後にあるからです。ピアノを学ぶ人は、普通は小さい頃から楽譜を読めるようにならなければならないし、楽譜をいかに正確に読み、いかに楽譜に忠実に弾くかというのがメインの勉強であることが多いでしょう。これは正しいことでもあるのですが、疑問を持たずにいると弊害をもたらすこともあります。つまり楽譜に頼りきってしまう習性がついてしまい、楽譜があればなんでも弾けるが楽譜がなければ何も弾けない。あるいは、「暗譜」がなにか特別なものとなってしまい、暗譜するのが遅い、あるいは暗譜で弾くのが怖いということが起こります。

本来、演奏というものは自分自身の中から何かが出てこなければならないわけです。決められた台詞を覚えて喋るのではなく、自分の考えを自分の言葉で語るのは気持ちが良いものです。演奏もそれと同じはずです。例えば、ジャズの演奏にはいくらかそのようなものがあります。完全に即興演奏とまではいかなくとも、ある程度まで自分の言葉で喋るというか、自分の中から出てくる語法や感性を重視する部分があり、その場で音楽を作っていく楽しさがある。楽譜があったってもちろん良い訳ですが、逆に楽譜なんかなくても音楽を奏でることができる。自分の楽器をそれだけ乗りこなしているということでしょう。ピアノであれば、よくコード進行(又は和声進行)を理解して、耳ですべての音を聞き分けながらその場で自分の求める音を生み出していくというようなことができる。ジャズ・ピアニストにはとんでもなく難しいことができる人でも楽譜があまり読めないという人がいて驚くことがあります。つまり、良い演奏ができるなら本当は楽譜が要らないかもしれないということです。クラシック音楽の世界から楽譜を取ったら「終わって」しまうでしょうが、でもそのようなジャズ演奏家たちにも学ぶべきことがあります。まずできることは、楽譜は覚えたら早く離れてしまうことです。音楽を目ではなく耳で覚えること。暗譜を忘れても、耳がその音を求めていれば指はちゃんとその鍵盤を探し当てることができるはずなのです。その能力を意識して養ってこなかったために、楽譜に頼りきってしまうというパターンの人が多いと思います。

天才的なジャズ・ピアニストの演奏を聴いているうちに、私は暗譜に対する考え方が変わってきました。暗譜は、それほど難しいものではないと。「暗譜をするべきか?」などという疑問を呈したこともありましたが、音をきちんと理解して覚えていれば暗譜はそれほど大変なことではないと思うに至りました。トップのジャズ演奏家たちの方がよほど信じられないことをたくさんやっているように見えます。逆説的なことですが、即興演奏の観点から音楽を見ることができるようになったら、不思議なことに楽譜を覚えることが以前より楽になってしまいました。しかも、一度しっかり覚えた曲であれば、長いインターヴァルをおいても再現するのにあまり苦労を感じなくなったのです。記憶力はいっそう衰えていって良いはずなのに、人間の能力というものは総合的には上がり続けるものなのだなと改めて感じています。



ピアノ練習のヒント : 13:52 : comments (x) : trackback (x)
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