2年ほど前にテレビでピアニストのブーニンのドキュメンタリーをやっていて、その番組でブーニンが自身の病気と怪我のために9年ほどのブランクを経て復活公演の実現に至るまでの道のりが描かれていました。
ブーニンと言えば、1985年のショパンコンクールで第1位を獲得し、その後すぐに日本で大ブームというか社会現象と言って良いほどの熱狂が起こったので、ピアノをやっている人でなくてもその名前は知っている人が多いのではないかと思います。私自身はちょうど音大で学んでいる時期で、大学の講義などでも話題としても取り上げられたりしたため、一部その時の強烈な思い出があります。もちろんテレビでも演奏を観ました。ただ、その後にブーニンについてはあまり詳しくは知らず(彼の著書は読んでいましたが)、2年前のそのテレビの番組で初めて彼がここ数年間に被った試練やその克服のことについて知ったのです。
詳しくここに全部は書けませんが、ブーニンが病気や手術などから復帰して最初のコンサートで演奏する曲として選んだのが、シューマンの『色とりどりの小品(Bunte Blätter)作品99』という曲です。この作品は14曲から成る小品集ですが、とてもシューマンらしい作品であるにもかかわらず演奏会などでよく聴かれる曲ではありません。おそらく楽譜にも『子供のためのアルバム 作品68』などと近い位置に収録されていたり、どちらかと言えばマイナーな作品集であるために音大生でもあまり弾く機会はないと思います。私自身もおそらくこの30年間ほど、レッスンにこの作品を持って来た学生はいなかったような気がします。
そういう作品ではあるのですが、番組中でブーニンが弾くとなんとも言えない曲の素晴らしさを再発見しました。ブーニン自身が復帰後に最初に選んだ楽曲という意味もあってとても印象的だったのですが、彼がこの作品を自身が9歳の時にすでに勉強していたという話も、一般的に日本のピアニストが辿る道とは違って非常に興味深いものでした。この作品集の14曲はクラシックファンにもほとんど知られていないと思います。かろうじて、第4曲はブラームスとクララ・シューマンがこの曲を元にして変奏曲を作曲したので、ピアノを勉強している人はこの曲だけは知っているという人もいるかもしれません。ブーニンがこの作品集を音楽的こだわりときちんとした位置づけを持ってプログラムに入れたという態度が、私にもとても心を打つものがあり(もちろん彼の演奏とその音楽そのものにも)、ブーニンの人生や考え方にあらためて触れてみたいと思ったきっかけになりました。
今月2月20日にそのブーニンのドキュメンタリーの映画「ブーニン: 天才ピアニストの沈黙と再生」が公開されるということですが、この映画はおそらく私がテレビで観た内容にさらに肉付けされた内容になっているのではないかと想像しているところです。また上と同名のタイトルの本が昨年末に出版されたばかりです。その本も読みましたが、ブーニンがここ数年に経験したことをよく理解することができます。一人のピアニストの半生を知ることでまた様々なことを考える機会になりました。日本人にとっては特に縁の深いピアニストの一人でもあると思いますし、特にあのショパンコンクールを一緒に経験した世代、あるいはブーニンの演奏をCDなどで聴いて少なからぬ影響を受けたような人はぜひこの映画を観られると良いと思います。