エチュード(練習曲)は、あらゆる楽器において教材が多く存在しますが、はたしてどのエチュードをどのくらいやるのが理想的なのか?という永遠の問題があります。エチュードはプロになっても必要なのでしょうか?
ピアニストになった人の中には、「私はハノンをまったく弾かなかった」とか言う人もいて、これについてはますます訳がわからなくなってしまう人もいるでしょう。できるならみんな楽をして楽器が上手くなりたいと思っているでしょうから、曲の練習だけでテクニックを身につけていくのが正しいという考え方を支持したくなってきます。
さて、エチュードは本当に誰にも必要なものなのでしょうか?
結論から言うと、私はやはり当然必要なものだと思っています。どの楽器にも基礎は大切です。管楽器や弦楽器でも、ロングトーンやボーイング、スケール練習などから始まって、簡単な音型の練習(ハノンのようなもの)、そしていわゆるエチュードもたくさんあります。それを省いて上手くなる人はいないと思います。そしてピアノだけがやはり例外であるはずはないでしょう。エチュード集の楽譜がこれだけ多いことからもわかると思います。逆にこれだけバラエティに富んだ曲のようなエチュードがたくさんあるなら、例えばハノンはまったく必要ないのでは?と考える人もいるでしょう。ある人にとってはそれも正しいかもしれません。
なぜこの議論をまた私が始めたかと言うと、実は「辻井伸行を育てた先生(=私のこと)はハノンもチェルニーもまったく使わないで成功した」というような話が一人歩きしているらしいことがわかったからです。
これについて私はこれまで雑誌のインタビューか何かで断片的に話したことはあったかと思うのですが、真相から言うと、彼にハノンをやらせなかったかというと、やらせていた時期が確かにあります。チェルニーはどうかというと、やはり30番の途中くらいまではやっていました。テレビで彼がチェルニーを弾いている映像まであったと思います。ただ、譜読み作業にかける時間を思うと、ただ規則的にチェルニーの曲を1曲ずつ進めていくことに疑問を持ち始めたことは事実です。バッハについても同様です。こちらは複雑なポリフォニー音楽を楽譜として目で見て理解できない点への考慮と、譜読みテープ作成の困難さから来たものです。
あくまでこれは伸行君に対する最良の選択をしたということであって、練習曲を意図的に省いたわけではありません。ハノンはある時期以外、彼にはほとんど使いませんでしたが、ピアニストとしての私自身は毎日ハノンを1番から60番まで弾いていたし、それによって計り知れないほどの恩恵を受けたことは本にも書きました。公開講座でも話して回っているくらいです。
だから、一律にすべての人に通じるメソッドが存在するわけではないということなのです。これは気をつけなければなりません。エチュードの使い方は、豊かな経験を積んで判断すること、そして生徒さんの個性や能力をできるだけ深く理解した上でケースバイケースで考えていくべきことだと思っています。
ピアノの先生であれば、自分の考えに基づいてエチュードのカリキュラムを組み、それを生徒さんに与えてみる。そして結果に応じて常に最良の選択をしていくことです。方向転換が必要な時もあるでしょう。きっと個人個人によってさまざまな選択が必要になることと思います。