今では作曲家カプースチンは日本の高校の音楽の教科書に載るほど有名になりましたし、日本だけでなく世界でその音楽があちこちで頻繁に演奏されるようになりました。しかしそこに至るまで一体この作曲家がどのようにして世界に知られるようになったのか、私たちが日本で果たした役割は何なのか、それをあまり知らない人もいると思うので少し時系列的にまとめておきたいと思います。
そもそもカプースチンはモスクワを拠点として黙々と作曲をしていたわけですが、1960~70年代まではオーケストラやビッグバンドとの演奏活動がメインでした。最初はおもにそれらの楽団で演奏するために作曲をしていましたが、彼の作品がそのライブ演奏の場以外で知られることはなかったことでしょう。作品が広く普及するためには、楽譜の出版やレコードやCDの存在が必要です。実際に楽譜が最初に出版されたのは1983年の『トッカティーナ』Op.36で、その後は彼の作品はソ連の文化省が買い取るようになり、それによって逆に楽譜が世間に出回らない状況になっていきます。本人によるLPレコードへの録音も80年代には行われるようになりますが、それも国内に留まります。
そのようにカプースチンの作品の存在は外の世界にはほとんど知られることなく作曲は続けられ、90年代に初めてニコライ・ペトロフによるカプースチン作品の録音がCDで出されます。これがいくらか西側に認知されるきっかけとなり、オズボーンやアムランが2000年代初頭にCD録音をしていく流れになります。この時点で出版譜はソ連の国外にはまだ存在しません。そのような状況で早くも2000年には日本で作曲家本人による演奏のレコードがオクタヴィア・レコードでCD化され、なんとそれが日本だけで発売されるのです。これは今世界の人から見たら驚きの現象にも思えるかもしれませんが、日本は世界的に見てもそういうマーケットの国なのです。そういう位置づけです。この時期カプースチンのCDプロデューサーが日本人だったことももちろん関係しているでしょう。
そして初めてソ連の国外で大きな規模でカプースチンの楽譜が出版されたのが2004年です。出版社は日本の全音楽譜出版社で、『8つの演奏会用エチュード』と『24のプレリュード』が2冊同時に出たのです。これも世界の人たちには驚くかもしれませんが、皆さんご存じのとおり私がカプースチンと全音をつないで作曲者本人と一緒に作業をして楽譜を校訂・出版したのです。その際にカプースチンは楽譜の中の音に一部加筆したり、自身の運指を書き入れたりしました。その翌年に続けて出版したピアノ作品集2冊もそうです。ですので、この時の全音版がこれらの作品の楽譜の決定稿となっています。その後、プリズム版、ショット版と受け継がれていきますが、内容はすべてこの時にカプースチンと私が一緒に作業をしたそのままです。それ以降作曲者は一音も書き加えていません。
ここから先はこれまで以上に長い話になりますが、簡単に書くと、これらの楽譜とカプースチン自身の音源が知られることによって、ある程度カプースチンの音楽は広まりました。でもそれは「ある程度」に留まります。というのは、これらすべて日本国内だけで行われていたことだからです。2000年代を通して上に紹介したCD以外にカプースチンの曲を録音した演奏家はほとんどいません。2010年までに私自身はカプースチンのCDを4枚出していましたが、それらもすべて日本国内での話で海外にはほとんど出ていないのです。作曲者自身のこれ以降のCD録音もすべて日本のみで発売されます。これが世界の多くの人たちには謎でもあったことでしょう。
また、2008年から私たちの仲間を中心に「カプースチンの祭典」というイベントを企画し、現在の「カプースチン祭り」の前身となるような活動を開始しましたが、これらもすべて日本国内での話。インターネットでそれらの情報は拡散されたものの、それらもほぼ100%日本語での情報です。そのように世界的に見ても重要と思える活動をしていても、日本という国は海外からある意味とても断絶しているので、世界からは注目されないばかりか誰も知らないという状況だったと思います。
そして2010年代に入ってようやくYoutubeなどが公のツールになって、多くのピアニストなどがカプースチンの音源を公開するようになったことで世界に認められるようになっていく流れとなります。2010年代初頭にはすでに大きな国際コンクールでカプースチンの作品を演奏するピアニスト(ソン・ヨルム、ユジャ・ワンなど)が現れました。
現在ではもう普通にカプースチンは世界中で知られていますし、日本人の演奏家たちも世界で広く認知されるようになっていますが、ここに至るまでの道のりはけっこう長かったのです。そしてそのかなり長い期間、世界に先駆けて日本でカプースチンを広める活動がなされていたということを書いておかなければいけないと思いました。だからおよそ15年にわたってカプースチンの楽譜もCDも日本でしか手に入れることができなかったのです。現在ショット版で初めてカプースチンにアクセスしているような方々には、その前に日本で20年以上もカプースチンに関わる大切な歴史があったということを知ってもらえればと思っています。