2009年のヴァン・クライバーン・コンクールのドキュメンタリーを制作したアメリカのピーター・ローゼンという人がいます。彼は、辻井伸行君のカーネギーホール・デビューリサイタルのDVDを制作した人でもありますが、クラウディオ・アラウをはじめホロヴィッツやバーンスタイン、ハイフェッツなどとても多くの演奏家のドキュメンタリー映像制作に携わってきたプロデューサーです。
ちょうど再来週あたりに、私は辻井君の先生としての立場でこのローゼン氏が制作する予定の番組のためのインタビューを受けることになっています。それで、この機会に彼の作品の中からピアニスト関連のものをいくつか観させていただきました。
辻井君がハオチェン・チャンとともに優勝した時のクライバーンコンクールのドキュメンタリーは、ある意味私にとっても重要な内容を含んでいるとも言えますが、実はまだ観ておりませんでした。あらためて、つくづくピアニストという仕事は変人のなすべき技というか(良い意味で)、心から愛すべき人種だと思いました。おもに6人のファイナリストにスポットが当ててありましたが、皆が個性的で本当に面白いです。ピアノを弾いているカットばかりでなく、インタビューなどして直接喋っているところの映像も多く、彼らの人となりがとてもよく分かりました。ソン・ヨルムさんも本当に面白いですね。個性が強くてしかもインテリです。彼女はあのクライバーンコンクールの数年後、カプースチンの変奏曲を弾いてチャイコンで入賞したわけで、とても興味をそそります。本当に一度会ってじっくり直接話をしてみたいと強く思います。
クラウディオ・アラウは1984年に17年ぶりに故郷のチリでコンサートをしましたが、その時のドキュメンタリーです。一人のピアニストがあれだけ熱狂的に迎えられて国民的アイドルともなっている姿は、現在ではもうあまり見られないのではないかと思います。アラウは1903年生まれ。同時代生まれのルドルフ・ゼルキンやウラディーミル・ホロヴィッツと並べられることもあります。ホロヴィッツにも共通のあの熱狂的な聴衆とステージが思い出されます。
まあ現在では、ベートーヴェンのピアノ協奏曲「皇帝」をあのアラウのように弾いたところでそれほど凄いこととは思われない時代ですが、たかだか30年前ですが古き良き時代という感じがします。1930年代生まれのアシュケナージや、それこそヴァン・クライバーンその人もコンクールで大きな話題を振りまいた人たちですが、それ以降、1950年代以降生まれくらいのピアニストたちはもう同じような形でデビューしてもどうにもならない時代になってきていると言って良いのではないでしょうか。「皇帝」をアラウのように弾けるピアニストは世界に何百人も何千人もいます。
そんなことを思ったりもしましたが、この映像の価値はすごく大きいと思います。ローゼン氏は個人的にたくさんのアーティストと仲が良かったようで、本当に多くのドキュメンタリーを残してくれていますが、演奏家という人種に愛情を持って接してくれているのが分かります。こういう人の存在は音楽家にとって本当に大きなものだと思います。
さて今回、私自身がどのくらいお役に立てるのかわかりませんが、今回の取材はかなり楽しみにしているところです。

