ピアノの勉強のための楽譜は、現在も次々に出版されていますが、皆さんは何をお使いでしょうか。「これしかない」というものを探すのは、けっこう困難です。というよりも、習う人によってもいろいろなケースがあるので、あまり一つのパターンに決めない方が良いとも言えるかもしれません。私自身は、どの楽譜を与えるかを決める際に、一つの基準にしていることがあります。それは、まず、“古い”感じのする音楽は避けるということです。あくまでも曲の内容の問題です。バロック音楽が古いという意味ではありません。つまり、例えばもう250年も前に作曲されたバロックの作品であっても、良い音楽というのは今聴いても新鮮だし、新しく感じるものです。また、ポリフォニーを学ぶことも大切でしょう。ただ、バロック作品のすべてが傑作というわけではないでしょうし、けっこう同じような曲が多く、良い意味での刺激が少ないこともありますから、やはり全部をやるのではなく、その中からも選択する必要があるでしょう。その時に必要な感覚が“古い”か“今でも新しい”と感ずるか、そのどちらかという問題です。バロック作品には、“もう時代が違うのでは?”と思われるほど、古い感じがする曲もあります。
逆に、新しい現代のレパートリーもどんどん出版されて増えています。これを使うときの基準も、同じように“ただ新しい”というだけでなく、曲の内容を見るようにします。曲に主張があるかどうか、曲の性格が分かりやすいか、子供にも音楽として理解しやすいかどうかがやはり決め手です。結局、子供にとっては、どのように弾いて良いかがわかれば結構すぐ弾けたりするのです。反対に、曲の性格がよく理解できないと、音符の数は少ないにもかかわらず、いつまでたっても上手く弾けないということがあります。
子供用の曲には、名前の付いている曲が多いかと思いますが、これはイメージが持てるのでとても良いのです。名前が付いてない曲は、まずどんな気持ちで弾いて良いか、これが分からないのです。例えば、「インヴェンション」とか「ソナチネ」などはその良い例でしょう。曲の雰囲気がつかめないということがあります。先生は、そこのところを教えなければならないわけです。これが、「ぶんぶんぶん」とか、「ちょうちょ」だったら、具体的なイメージが分かるから、子供でも弾けるわけです。もちろん、音楽というものは、必ずしも何かを表わしたり、ある具体的な情景を描いているわけではありません。けれども、曲にタイトルがあると、少なくとも方向性が分かります(作曲家の意図が分かる)から、演奏する側にはイメージが浮かび上がってきます。心をどこに置くべきかということが、決められるわけです。曲というものは、必ず動機があって作曲されているのですから、その方向性が分からなければ演奏できないのは当然とも言えます。ところが、何も考えなくとも音符さえ読めれば一応音が並んでしまうわけで、心が“無”の状態でも音楽を奏でているように見えてしまうこともあるわけです。ここに大きな問題があるように思われます。