前回書いたようなハノンの練習を毎日続けていると、本当に難しい曲でも何でも楽に弾けるようになってきます。自分の実感としては、文字通り「魔法がかかった」ように弾けるようになってきました。ハノンや練習曲を何も弾かずに、曲だけを練習して(部分練習はする)弾けてしまうピアニストもいるようですが、私にはちょっと信じられない感じがします。そういう人は、たぶん若い頃に基礎作りができていて、演奏会をこなすために今も忙しく毎日8~10時間くらいは練習を続けているようなピアニストだと思います。
さて、ハノンを使う効果に話を戻しますが、どんどん弾けるようになってくる理由は、実は「これだけ毎日やっている」という“裏付け”が、とても大きな自信になるからなのです。つまり、「必要な基礎練習は毎日欠かさずやっているのだから、自分に弾けない曲などないのだ」と確信できることなのです。普通は、あるパッセージが弾けない時には、「自分にはテクニックがないのでもうお手上げ」と思ってあきらめるものです。又は、今日はすぐに弾けないけどいつか弾けるようになるだろう、と思ってだらだらやっていて、結局納得のいかないうちに本番の日が来てしまったりします。しかし、テクニック面に関して実力が上がってくると、絶対に自分には不可能なパッセージだと思われていた箇所が、なんと簡単に弾けるようになったりします。その時、音楽の景色がすっかり変わってしまいます。この感動は、体験しないと分からないと思います。弾けることがはっきりしたら、もう余計なことに気を使わずに済み、純粋に音楽のことに集中できるのです。
もし、上のことを実行して、それでも本当に弾けない箇所がある場合は、ほかのところに問題が存在することが確信できるので、冷静に対処できます。つまり、この場合は、問題の本質が次の3つのうちのどれかなのです。つまり、そのパッセージにおいて、1)指使いが良くない、2)テンポが速すぎる、3)“指”以外のところに問題がある。この3点です。
まず1)ですが、指使いが悪ければ、いくらさらってもダメです。(笑) ほかの指使いを考えるしか方法はありません。届かないところは、両手で取る方法を考えたり、スケールのようなパッセージでも、音楽の流れにどうしても合わない指使いだといくら練習してもダメなこともあります。運指のセンスを磨くにも時間がかかりますが、とにかく研究すること、理想的な指を立ち止まって考えることが大事です。
2)については、そのパッセージにおいて、どうしても一定以上の速いテンポでは不可能、ということもありますし、現在の自分の“筋力”では、「これ以上速いと無理」ということが判明したら、その部分は意図的にテンポを落とすようにコントロールするのです。テンポというのは相対的なもので、聴いている人にとっては、少しぐらい遅くともあまり分からないものです。全体のテンポ設定を下げるということもありますが、曲によっては、聴いている人に分からないように、ある部分だけ落とすことができる場合も多いです。上手いピアニストは全員、これをやっております。(テンポが落ちていることがたとえわかったとしても、音楽全体に影響がなければ良いのです。)
3)の“指”以外、というのは、手の使い方(手の角度・力の感じ方等)とか、腕とかの力加減のことが問題になっている場合です。無意識に手に力を入れすぎていると、そのために弾けないことがあります。手や腕をどのように使って、素早く次の鍵盤に準備するか、というようなことを技術的に知っていることもけっこう大事なのです。そのほかに、大きな意味での運指に入るかもしれませんが、手全体の使い方のコツのようなものもあります。また、楽譜に書いてある指番号のみの情報ではよくわからないこともあり、奏法上の工夫の余地がある場合もあります。