ステージ上で実力が出せない、いつもどおりに全然弾けない、と感じている人はどのように改善すれば良いでしょうか。弾けない理由はいくつかに分けられるかと思います。
前述した「響きやタッチが違って当惑する」ということについては、これは経験によって対処できることだと思います。つまり響きがまったく違うふうに聞こえても動揺しないように、普段からハーモニーを聴き分ける耳を養っておく。そして、暗譜を100%以上確かにしておく、など。また、タッチの感覚が違っても当惑しないように、本番前にいくつかの違うピアノを弾いておく。鍵盤の重たいピアノ、逆に鍵盤が軽すぎると感じるピアノ、強弱の変化をつけるのが難しいと感じるピアノなどいろいろあります。少なくとも、どのようなタッチの鍵盤で弾いてもそれによって指がブレて弾けなくなってしまうような弾き方を普段からしていないこと。結局、鍵盤は指で押せば誰でも音は出ますが、ピアニストの熟練したタッチには実はさまざまな工夫があるわけです。無意識に鍵盤を弾いていた、という弾き方ではなく、手の形をいつもきれいに保って、指1本1本について鍵盤との接触をよく感じることが大切です。
特に、黒鍵は本番ではよく滑って困ります。通常はあまり意識しなくても大丈夫なのですが、本番では必ずと言っていいほど通常以上に手が汗をかきます。人によっては、鍵盤が「水浸し」と言っても言いすぎではない状態になることもあります。だから、安全なタッチ(鍵盤から滑らないタッチ)で弾いていないと、本番ではかなり危険を感じます。手だけではなく、顔など身体全体にすごい汗をかく人もいますが、こうなるとピアノの演奏はまさにスポーツをしているように見えますよね。演奏中は全身をフル回転させているわけです。そして汗をかきながら同時に繊細な音楽表現も必要になるわけで、これがなかなか大変です。
少し脱線しましたが、大切なことは、自分が本番でどのような状態になるのかということをよくシミュレーションしておくことです。本番が近づくと手が冷たくなりやすい人は、本番前に暖かい場所から離れないようにするとか、手を直前まで温めておくことも大切です。体を内部から温かくすることです。これはスポーツ選手などと同じです。また、手が汗をかきやすい人も、それなりの対処法を考えておいて工夫をする。また、自分が本番で精神的にどのような状態になるか、ということも知っておくと良いでしょう。これは経験の質と数がモノをいうでしょう。少なくとも、何が起きても気持ちがブレないだけの準備をしておく。本番で想定できることはすべて考えておく。そして、たとえ想定外のことが起こったとしても動じない。それだけの精神力も必要だということです。