今朝は東横線が人身事故で運転を見合わせたりしていて、朝の早い時間にちゃんと大学にたどり着けるかひやひやしていましたが、なんとか電車を3回乗り換えするコースで通常より時間がかかりましたが時間に間に合ってホッとしました。
というのは、今日は自分のレッスン時間前にエリソ・ヴィルサラーゼ先生の特別レッスンを受ける学生の通訳を引き受けていたからです。
ロシア語の通訳は数年前にミロスラフ・クルティシェフのレッスン通訳を数回して以来だったし、ヴィルサラーゼ先生にはこれまで1度会っただけだったので珍しく緊張していたのですが(学生でもあるまいに)、なんとヴィルサラーゼ先生は私のことを覚えてくれていたのですぐに打ち解けることができて助かりました。
レッスン曲はベートーヴェンの『ピアノソナタ第28番』だったのですが、学生が演奏を終えるとすごく褒めてはくれたものの、「このソナタは見方によっては第29番『ハンマークラヴィア』より難しいと私は思うんですよ。ハンマークラヴィアは音楽としてまだわかりやすいのですが、このソナタは本当に難解なのです。最初の楽章からしてとても難しいのです。有名なピアニストたちでもこのソナタを私が本当に納得いくような演奏をしてくれた人をまだ聴いたことがありません。だから私はこのソナタは自分の生徒たちにもあまり勧めていません」などというような話から始まって、その後のレッスンが一体どうなるのかと思っていたら、いやもう第1楽章から音楽への入れ込みがすごいというか、さすがベートーヴェンをたくさん弾いてこられただけあって曲への正しい理解を求める強さに圧倒されました。特に第1楽章の難しさをどうしても伝えたかったということもあるのかもしれませんが、Allegrettoの最初の楽章だけでかなりの時間を使いました。
それでいて、その後まだまだ続く第2楽章から終楽章まで、とにかく終始ものすごいバイタリティのレッスンで、ついに時間を忘れるほどの音楽へ没頭とともに終楽章の最後の最後の小節まで何かしらの言及をしてくださいました。考えてみれば今日のそのレッスンでは、ヴィルサラーゼ先生は一度も自らピアノに座って弾いてくださるということはなく、少し離れた場所に座って楽譜を見ながら言葉で指示をする、というスタイルのレッスンでした。ただその表情は真剣そのもので、声も大きく、言葉のスピードも速い。喋る分量もまたものすごい…。ロシア語が久しぶりの通訳者にとってこれは厳しい試練ではありました(笑)。
実はロシア語の通訳ではベテランの一柳富美子先生の通訳をこれまでに見たことが何度もありますが、教授によってはものすごいスピードで同時通訳をしていかざるを得ないケースも多く、言葉の洪水のようになることもありました。「すごいなあ」と思って見ていることが多かったのですが、でも私は今日自分が初めてそれを感じて「これはある種ロシア語特有のものなのかもしれないのかな?」と思いました。あるいはロシア語と日本語の関係に何かそうした変換しやすいリズムがあるのかもしれません。というのは、私はこれまでドイツ語や英語では数えきれないほどレッスンの通訳をしてきましたが、そのような感じになったことはなかったように思うからです。
とにかく今日はそのレッスンが終わった直後は、レッスンを受けた学生も私もヘトヘトで15分くらいは立ち直れない感じでした(笑)。先生もあんなに朝から全力を出してくれて大丈夫だったのかな…。でも私は明らかにものすごい元気をもらった気がしました。というのは、その後夕方まで自分の通常のレッスンを7時間くらいやって、ついさっき満員電車でようやく帰宅したのですが、なんだか全然疲れていないのです(笑)。自分はけっこう自家発電できるほうなんだけどなあ…と思いつつ、まだまだその上を行っているような影響力を持つ人からは強力なパワーをもらうことがあるのだなということがわかりました。
5年ほど前のインタビュー動画でヴィルサラーゼ先生はベートーヴェンの5曲すべての『ピアノ協奏曲』を一晩で演奏したというような話を聞いたりしていましたが、たしかにベートーヴェンへの入れ込みは本当にすごかったです。いやおそらくロマン派の作曲家など、他の作品に対しても同じなのかもしれません。今日は大いに触発された日となりました。