今回のウィーンでの講習会期間中に私にぜひ1時間半ほどのカプースチンを題材にしたワークショップをやってほしい、と依頼されて、さて何をやろうか?と思ったのですが、やはり『24のプレリュード 作品53』を取り上げることにしました。やはりこの曲集にはカプースチンのすべてが入っていると言っても過言ではないほど、あらゆるアイデアやジャズの語法が詰まっているからです。
国内で私はこれまでカプースチンの公開講座をおそらく通算100回以上はやっていると思いますが、海外では実はほとんど初めての機会かもしれないのです。一度、ペルージャ音楽祭に講師として招かれた時に、ローマからペルージャまでの移動中のバスの中で中国から来たという学生が私に話しかけてきて、「先生はカプースチンにお詳しいのですよね。それで私はこの講習会に来たのです!」などという熱烈なことを言われたのですが、実際その男の子はレッスンでカプースチンの『24のプレリュード』から第22番を弾いたのです。それでレッスンの時に「この曲のこことここにはブルースの12小節の楽節が挿入されているのですよ」と教えると「そんなことを教えてくれた人は初めてです!!」などと感動してくれたのですが、何のことはない、それはカプースチン本人が私との楽譜の編纂時に解説を書いてくれたことでわかったことなのです。日本版の楽譜にはちゃんと解説にも(英語翻訳もして)書いてあるのです。ちなみに上の話はもう10年前のこと。
でも実際、そのプレリュード第22番の中にブルース楽節が挿入されているなどということは作曲者本人から教えられなければわからないほど巧妙で新しい手法であり、ジャズにかなり詳しい人でもそれに気がつくのは難しいようです。英語の論文でこの『24のプレリュード』を中心に300ページにもわたる詳細な研究を書いた人もおりますが、そのことにはやはり言及がありませんでした。やはり自力で気がつくのは難しいようです。カプースチンが作曲上の種明かしをしてくれたことは彼自身の楽譜の解説でたくさん知ることができますし、実は教えてくれなかったこともたくさんあるのではないかと思います。その点は後世の人たちが研究していく分野でしょう。
今回のウィーンでのワークショップでは、そんな点に至るまで詳しい内容を盛り込むつもりはないのですが、カプースチンをあまり知らないという人にもどれほど面白いアイデアが詰まっているかということを上手く伝えられるよう考えているところです。日本はカプースチンとのつながりが深いのでけっこう詳しい人が多いと思うのですが、そんなことも世界では知られていないようですし、カプースチンの自作自演CDは日本の会社から出ていることで海外では手に入りづらく、ネット上で知られている音源以外には全然アクセスできない人たちも多いようです。私のCDにしても『ピアノ協奏曲第5番』のような貴重な作品を録音しているのにまだあまり知られていないのは本当に悔しい気がします。世界ではほぼ英語で出ている情報だけを元にしてカプースチンについて得意に語っている人が多いので、私から見るとかなり偏ったカプースチン情報だけで満足していて、そういうのを見るのもやはり悔しいので、日本における価値のある情報の多くをもっと世界に出していかなければいけないな、と思っているところです。