今の時代さまざまなタイプのピアニストが存在することは確かですが、クラシックのピアニストも今では何でも(どんなジャンルの音楽も!)弾けるほうが良いのではないか、と以前から思っていました。特に「ジャズ」がやはり重要!というのが私の持論です。
ちょうど先月末にポーランドで演奏会を行なったショパンコンクール優勝者のブルース・リウ君が、アンコールで『エリーゼのために』をラグタイム風にパラフレーズされたバージョンを弾いて拍手喝采を受けている映像が入ってきましたが、まあそんな時代です。以前のブログにも書きましたが、彼はカプースチンの『変奏曲』を2021年のショパンコンクール以前に公の場で弾いていましたから、たぶんジャズなどもきっと好きなのではないかと思っていました。
ジャズと言ってもラグタイムやブルースも含まれますし、スウィングやビッグバンドのジャズ、それ以降のモダンジャズ、そしてジャズが影響したその後の音楽すべてが含まれます。今はもうどんなピアニストでもあらゆる意味でジャズには触れておくべき、というか、やはり重要なジャンルなので、どこかの時点でいろいろ勉強したり実際に弾いてみたりするべきだと思います。すべてのジャンルが融合する時代です。先月末にパリで演奏会を開いた角野隼斗(カティン)さんも自作にはいろんな曲でジャズの要素を取り込んでいますし、作曲や即興演奏もできます。もちろん彼も以前からカプースチンを弾いていました。若手ピアニストにとって、もうジャズは最初から存在した音楽です。
クラシックの世界でカプースチンのジャズスタイルのエチュードやプレリュードなどが弾かれるのもすでに当たり前になってきました。ソン・ヨルムさんがチャイコフスキー・コンクールで2位を獲った時にカプースチンを弾いたという話ももう11年も前の話になりました。その後、世界のピアニストたちがカプースチンを次々に弾くようになりましたし、それ以前から実はジャズに深く通じているクラシックピアニストがたくさんいたということを知りました。
ジャンルは違いますが、今人気の藤井風さんもピアノ専攻からきていますからピアノが弾けるのは当然と思われているのでしょうが、彼はこれまでの常識から言えばかなり複雑なピアノを弾きながら歌っています。驚くべき才能で、「あれ?こんな込み入ったコードにドラムスのビートを入れてさらりと弾くピアニズムってカプースチン以外にあったっけ?!」というような、これまでであれば超絶技巧に類するものを簡単に弾きながら、しかも歌う!という信じられないパフォーマンスができる人まで現れました。16ビートのリズムさえ、ここまでさらりと体に入れ込んでいるとは! 彼が長年クラシックだけではなくジャズも大切だと思ってずっと勉強してきたと言っていた意味がわかる気がします。と同時に、カプースチンがすでに過去の存在になってしまった瞬間を見たというような感じでもありました。
クラシックピアニストには、もちろんバッハやベートーヴェンに深く沈潜していくような、あるいはロマンティックな表現を得意とするピアニストがいてももちろん良いと思います。それもとても価値のあることだと思います。ただもうここまで音楽の形態が発展してきた今、ジャズにしかない要素も早く自分の中に取り込んでいくことは絶対に必要ではないかと思っています。もちろんそのためにカプースチンの楽曲などもまだ役に立っていくことでしょう。
そう言えば先月、辻井伸行君の次の日本ツアー2022/23のプログラムの発表がありました。ツアーは12月から来年にかけて行われるということですが、曲目にカプースチンの『8つの演奏会用エチュード』(全曲)が再び取り上げられるということです。私も驚きましたが、ベートーヴェン、リスト、ラヴェルに続いてプログラムの最後がカプースチンです。これまた大きな話題を呼びそうですね。