現在カプースチンのCD録音を進行中のピアニスト、フランク・デュプレのCDについて少し紹介したいと思います。彼がカプースチン作品を収録したCDは現在4枚あります。彼のカプースチン録音の取り組みには特徴があります。それは、「ソリストの役割を持つピアノとオーケストラ(ビッグバンド)による編成の全作品を録音する」ということです。
カプースチンには「ピアノ協奏曲」というタイトルが冠された作品は6曲あるのですが、実はそれ以外にも上記のカテゴリーに属する曲がとてもたくさんあるのです。例えば『ピアノソロとビッグバンドのための変奏曲 Op.3』とか、『ピアノとオーケストラのためのノクターン Op.16』などピアノ協奏曲の形式と言っても良い曲がほかに数曲、それ以外に『2台のピアノと打楽器のための協奏曲 Op.104』や『ヴァイオリンとピアノと弦楽オーケストラのための協奏曲 Op.105』など、いわゆる「二重協奏曲」(ドイツ語では「ドッペル・コンツェルト」と呼ぶ)などもあり、それらを彼はもうすでに録音しました。
特筆すべきことの一つは、例えば最新のCDでカプースチンの『トッカータ Op.8』の完全版を録音したことでしょう。この曲はピアノとビッグ・バンドによる曲ですが、1965年のロシアの映画の中でカプースチン自身がこの曲のピアノを弾いている映像がYoutubeにあります。すごくインパクトのある演奏なので、カプースチン・ファンたちの間ではすっかり有名になった曲です。ただ、その後この映画の中の演奏はカット版であることがわかったのです。それを本来のカットなしのバージョンで彼が初めて演奏してCDで世界初録音されました。
またピアノ協奏曲の第6番をきちんとCDに録音したことも大きな成果です。この曲はビッグバンドのような編成によるピアノ協奏曲ですが、ライブでは私が2013年に東京・紀尾井ホールで世界初演しました。もちろんその録音をデュプレは聴いて大いに参考にしたと語ってはいましたが、その初演から10年以上が経過してカプースチンの音楽もかなり研究され、デュプレによって素晴らしい録音が残りました。
こちらのCDです↓

デュプレの演奏の特徴の一つは、リズムとビート感覚が安定していることです。とても丁寧に音楽を奏しながら、それでいて聴いている人がワクワクするような演奏をします。つまり曲の良さを出すのがとてもうまく、ただリズミカルなだけではなくカプースチンの音楽を正統に解釈した演奏の一つと言えるとも思います。もともと彼はドラムを小さい頃からやっていてドラマーとしてもプロの領域ですし、大学では指揮も専攻していたためオーケストラを指揮することもできます。リズム感覚、音楽の構築において秀でて上に、さらにピアノが弾けるというわけです。
彼は自身が信頼を置くベース奏者とドラマーとの3人でデュプレ・トリオを組み、そちらでも現在幅広く活躍中です。この3人で生き生きした演奏や楽しい動画をYoutubeにたくさん上げていますし、このトリオではカプースチン作品のCD録音もしています。
こちらのCDです↓

このCDでは、人気のピアノ作品である『8つの演奏会用エチュード』や『24のプレリュード』以外にもパラフレーズ作品(Op.118、Op.123)などがトリオのためにアレンジして収録されています。この演奏でカプースチンの素晴らしさをまた違った角度から多くの人に伝えることに成功しているのではないでしょうか。純粋にカプースチンを楽しむためにおすすめしたい1枚です。
すでにかなりの量のカプースチン作品を網羅したデュプレですが、全6曲の「ピアノ協奏曲」の中ではまだ大編成で難曲とされている第3番と、初期に作曲されて長らく埋もれていた第1番は録音されていません。現在「鋭意準備中」というところでしょうか。彼は第1番に関しては楽譜が手に入らないし、というよりも現在はもう忘れられて存在しない曲だと思いこんでいたようでしたが、2年前に私がドイツで彼に会った時に楽譜が存在することを教えたということがありました。それを聞いて彼はショックを受けるほど驚いていましたが、あれは嬉しい驚きだったのかもしれません。その後プロジェクト全体のスケジュールを考え直して、あらためて協奏曲第1番を含めてきちんと協奏曲をコンプリートする計画に変更したようです。
ということで、そのCDが出るまではカプースチンのCD録音のすべてについてまだ語ることはできなさそうですね…。