ここへきて辻井伸行、角野隼斗ほか何人かのピアニストたちのお陰で、作曲家カプースチンと彼の音楽がこれまでにも増して多くの人に届いているように思います。長年カプースチンを敬愛してきた私にとっても嬉しいことです。
思えば、私がカプースチンの曲を初めて聴いて驚いた(と同時に笑った)のは、『8つの演奏会用エチュード』の第1番「プレリュード」でした。この曲にはテーマ(主題)に16ビートのノリがあり、右手と左手を駆使してドラムスのリズムを実現しています。まだそれまで誰もそのような書法で曲を書いてみようと試みる作曲家がいなかった時代に、カプースチンは打楽器(ドラムス)のそのような効果をピアノで実現するにはどうすれば良いか、と考えて、ある意味で彼が発明したものだったと言えると思います。この曲集の作曲が80年代です。
16ビートという感覚は、R&Bやロックから長い時間を経て形を成してきたものと思いますが、それが80年代、90年代くらいになるともう普通にノリの良い音楽として、巷のポピュラー音楽にはどこでも見られるようになってきたと思います。カプースチンはある種の自分の(スウィングしないリズムを持った)楽曲のスタイルを説明する時に、よく「ジャズロック」と言う言葉を使っていました。ロックはもともと8ビートが基調です。8ビートの感覚を取り入れると、もう「クラシック音楽」ではない感じがする人も多いと思います。8ビートの先に16ビートがあり、カプースチンの音楽にも無意識に(?)16ビートのノリを作り出しているものがあります。それは従来のクラシック音楽で十六分音符によって書かれたリズムとは明らかに違うものです。
一度ブログに書いたこともありますが、今ポップスの世界で大活躍中の藤井風さんの曲は、彼が弾くピアノを聴けばわかりますが、かなり多くの曲に16ビートのノリが入っています。これはおそらく現代的な感覚の一部なのだと思うですが、ピアノで弾くとまさにカプースチンの書法のように右手と左手で魔法のようにリズムを作り出します。彼の曲の面白いと思うところは、出だしは明らかに4ビートの曲(気分も)なのに、ヴァースが進むと同じメロディなのに今度は16ビートのバッキングをつけて歌っていくのです。それがあまりにナチュラルで、「そんなことが可能なのか!」「そういう曲があり得るのか!」と最初は驚きましたが、彼にとってはすべては自然にそうなっているのだと思います。
藤井風さんの音楽や彼のパフォーマンスについては、驚きの連続なので語りたいことが山ほどあるのですが(笑)ここではもうやめておきます。
とにかくクラシック音楽にはこれまでいわゆる「8ビート」も「16ビート」もなかったわけで(それに似たものはあったかもしれませんが)、明らかにジャズやジャズから派生したリズムにはテイストの違う魅力的なものが含まれていたように思います。ハーモニーについても然りです。そのようなものを意図的に取り入れて融合し、ジャズとクラシックを上手く結びつけた作曲家カプースチンの存在は、歴史の必然だったのではないかと今では感じています。最初はとても奇異で新しいものだったと思っていましたが、やはり出るべくして出てきた作曲家だったのでしょう。