「強い指を作る」という話の続きですが、生まれつき指が強いという人も稀にはいるかもしれません。欧米やロシアのピアニストなどは、手も大きいですし体格も違いますから我々が考えるほどの“筋トレ”はひょっとしたら必要ないかもしれません。音楽的な素養があり、「こう弾きたい!」という音楽的感性が強い人は、稀にあまり練習しなくとも弾けてしまう人もおります。これは、その人の才能が強く作用するわけですが、音楽的欲求が強い人は、確かに指が早く動くようになる傾向があります。しかし、一般的にはやはり強い指を意図的に作っていくことを考えなければならないでしょう。みな、今の自分の実力で弾ける曲よりもさらに難しい曲に挑戦したいはずです。
そこで、「練習曲をどう使って」正しい筋力をつけていくかということが問題になってくるかと思います。ただハノンを機械的にがむしゃらに弾くというだけではダメです。例えば、手の小さい人はあまりオクターヴ等の練習をやりすぎると腱鞘炎になってしまう可能性がありますし、手の大きい人でも無理な練習を続けると手を壊してしまいます。痛みは、指のほかに腕や背中までくることがありますから気をつけなければなりません。自分の手に合った練習方法を見つけることが大事でしょう。注意点としては、あまり指を開きすぎるパッセージを続けるのは危険です。それから、いつも指や腕に力を入れすぎて弾き続けるというのも危険です。その2点に気をつけながら、指のためのあらゆる練習曲を長時間やるのは大丈夫だと思います。ある程度であれば、「腕や指が疲れる」という現象は普通のことですし、疲れもしないようなら何の筋力も体力もついていないと言えます。例えばハノンの中から自分に適していると思うものをきちんと選んで、毎日同じものを一定期間続けると、筋力が1日ごとについてくるのが実感できるでしょう。つまり、疲れる度合いが減ってきて持続力がついてくるわけです。
チェルニーだって、日本ではあまり正しく理解されていませんが、あの練習曲は本当はヴィルトゥオーゾを目指すもので、本来ものすごく速いテンポで弾くものです。しかも、速く弾くとかなり手が疲れるし、普通はそこまで手が持ちません。正しく弾くためには、実はそれほど高いレヴェルが求められているのであって、テンポで弾き通すとハノンと同じだけ疲れる曲がいくらでもあります。 しかし、やはり指を作るならハノンがわかりやすいと思います。
ハノン60番練習曲をおおざっぱに2つに分けると、1~40番までは、「“5本の指”を中心とする筋力を」つけるため、41~60番までは、「特に“1と5の指”と“腕の筋力”を含めた総合的体力」をつけるためと考えて、両方からバランスよく選んで毎日続けると自分の手の状態が常に把握できるようになっていくと思います。なぜここまで指を作ることにこだわるかと言うと、それによって演奏に余裕を持つことができるからです。テクニックの余裕が、心の余裕につながり、音楽的インスピレーションを受けるだけの余裕が生まれるのです。
ハノンではなく例えばショパンのエチュードを使うというピアニストがいても良いと思いますが、本格的にピアノをやりたいという人で、このような練習を毎日続けることができない人は、おそらく一定の壁を超えることができないと思います。こんな大変なことをずっと続けていくなんて、一般的に考えたらきっと“異常”な生活に見えることでしょうが、周囲の理解と自分自身の強い意志があればまったく不可能なことではないでしょう。