あらためて作曲家カプースチンの業績というか、彼がピアノ音楽にもたらした発明ということを考えてみると、一つはリズムに関することです。
彼の一番有名な作品は、おそらく『8つの演奏会用エチュード』Op.40であることに異論はないでしょう。この曲集で最初に衝撃を受けた人も多いと思います。その書法が斬新なのは、ジャズトリオにおけるベースギターとドラムスの要素をピアノ1台で表現できることを証明して見せたからだと思います。
『8つの演奏会用エチュード』の有名な第1番は、背景に隠れているリズムは実はサンバですが、実態は16ビートで彩られています。この種のリズムはクラシック音楽では要求されたことがなかったはずです。もちろんクラシックにも16分音符が支配するような「トッカータ」などの楽曲がいろいろあります。それはショパンにだってあります。でも、スウィングジャズやモダンジャズで奏されるような雰囲気やリズム、そして特に80年代になると多くの音楽ジャンルで聴かれるようになる16ビートが基調となる音楽をピアノ音楽に取り込んだのはカプースチンが初めてだと思うのです。『8つの演奏会用エチュード』においては第1番、第3番、第6番、第8番などが典型です。ただ、第3番だけは『トッカティーナ』というタイトルを与えられている通り、この中では一番クラシック寄りには感じますが。
カプースチンの発明は他にもいろいろありますが、ジャズそのものをいろんな形で大胆に作品に使用していること自体が新しかったのですが、例えばスウィングリズムが基調の曲では三連符のリズムが支配しますが、同じ曲の中で異質とも言える十六分音符のパッセージが違和感なくブレンドしていることも不思議なことの一つでした。これの例としてパッと思いつくのは、『8つのエチュード』では第7番、『24のプレリュード』では第4番、第17番、第23番などです。
あとカプースチン独特の手法としては、ジャズの即興演奏のスタイルをクラシックの『変奏曲』の形式に取り入れたことや、ブルージーな雰囲気を曲の中に取り入れたり、ソナタ形式の中でもジャズの様々な要素が当たり前にブレンドしていたりすることです。これが普通になってしまった今、音楽は今後どのような方向に進化していくのでしょうね。どんなアーティストによってそのようなことが可能になっていくのか、今はとにかくそれが楽しみです。