
[2006年11月20日]
「親愛なるマサヒロ!
(※英語で)ロシア語は忘れてないですか?
(※ここからロシア語に戻る)いつまた作曲を再開するかは今のところはわからない。というのは、私は新たにもう1枚のCD録音するというNatsuko(※録音プロデューサー氏)からの提案を受けてしまったのだから。私にとってはこれは難しいことなのだ、というのは私はこの3年ほどピアノに触っていなかったし、収録曲も全然易しいものではない、それにどうしたって暗譜で演奏などできないし、必要なテンポで弾けるかどうかさえわからない。それに加えて、ドイツの2人のピアニスト(デュオ)が私に連弾のためのソナタを作曲してほしいと懇願してきた。彼らはすでに私のOp.104を演奏しており、次は『マンテカ・パラフレーズ』Op.129も弾くらしい。私の作品だけでCDを1枚作りたいということだが、必要な曲の量が十分ではないということだ。そしてさらに加えて、春から私は弦楽四重奏曲の第2番を書き始めている。でも第1楽章の提示部までしか仕上がっていない。というのも、これから来るCD録音のことを考え始めたからだ。ちなみに私はもう委嘱作品は書かないことにした(上の連弾のためのソナタは「委嘱」ではなくただの「お願い」だが)。ということで、現在確かなことで答えられることは何もないよ。
ごきげんよう。
もっと頻繁に書いてね。
敬具。
N. カプースチン」
上のメールは、前回交わしたメールから5ヶ月くらい経っており、私はこのメールの前にカプースチンに現在の作曲状況について質問したところでした。実は私は忙しい時などはロシア語でなく英語でメールを書くこともあって、カプースチンはそういう時は途中まで英語で返事を書き始めて、途中からロシア語に戻るということがよくありました。このメールでも1行目だけが英語でした。
だいぶん前から二人の約束事として、私がときどき英語で書いて送ってもカプースチンさんはいつでもロシア語で書いてください、とお願いしてありました。こちらは読むのは大丈夫ですから、ということで。今のように翻訳アプリがない時代ではありましたが、やはりロシア語は読むのは大丈夫でも書くのはそれなりに時間がかかります。自分のキーボードはもちろん多言語対応で、ある程度は慣れてはいるものの、やはりフランス語や特にロシア語は今でも日本語よりはかなり時間がかかります。
今なら音声入力ができるのも楽ですし、Google翻訳などに日本語の文章を書いてコピペでぶち込んでそれを微修正する方法でも早く書けます。外国語を「読む」「書く」ことにおいては今は本当に便利になりましたね。
さて、上のメールではカプースチンの近況が書かれていましたが、これはカプースチンが「カプースチン・リターンズ」というCDを録る直前の様子です。実際この数カ月後にCDが録音されて素晴らしい1枚が出来上がるのですが、本人にとってもそのための準備は大変だったようです。『ピアノソナタ第16番』やいくつかのピアノのためのパラフレーズなど世界初録音となったものもありました。自分の作品のCD録音をするために、やはり1年間くらいは準備期間が必要で、しかもその間は作曲の手がストップしてしまうようでした。やはり「作曲家」と「ピアニスト」はそれぞれまったく違うもので、エネルギーの使い方(毎日のライフスタイルや、頭と体の使い方とでもいうべきもの)が全然違うために、その二つのことを同時には行うことは難しいのだと思います。作曲をするときにはそれだけに集中しなければいけないし、CD録音のためのピアノの練習にだってそのためだけに毎日を過ごすほどのエネルギー集中が必要なのだと思います。
この頃から「私は人からの委嘱で作品はもう書かない。自分の書きたいと思う音楽を書くのだ」ということをたびたび言うようになりましたが、本当は彼は優しい性格だったと思います。人からのお願いには必ず耳を傾けてくれていました。委嘱で作品は書かないけれども、逆に「献呈」という形で人には作品をプレゼントすることはありました。
ところで、結局このメールで書かれていた『連弾ソナタ』の作曲は実現しなかったようです…。