気になっていたピアニスト菊池亮太さんの11月1日のオール・ガーシュインのコンサート。これは絶対行こうと思っていたのですが、気がついた時にはもう座席が一杯ということでチケットが取れず!断念しようかと思っていましたが、ライブ配信されるということで配信チケットを購入して自宅で聴くことができました。
ガーシュインのオーケストラとピアノのための曲を4曲全部やるということで、数ヶ月前に菊池亮太さんにお会いした時にご本人の意気込みも強く感じましたが、それよりもチラシに書いてあった「この日、伝説が生まれる」というキャッチフレーズに惹かれて(笑)やはり聴かずにはおれませんでした。
ガーシュインの曲は『ラプソディ・イン・ブルー』がもちろんダントツに有名ですが、それ以外のガーシュインの曲はあまり聴いたことがないという人も多かったかもしれません。ガーシュインには実は『第2ラプソディ』なるものがあり、この作品に関しては私は以前ウェイン・マーシャルの弾き振りの演奏に感銘を受けたというようなことをブログで書いた記憶がありますが、彼の演奏以外ではあまり聴いたことがありませんでした。『アイ・ガット・リズム変奏曲』は、メロディこそ超有名ですが、ジャズピアニストなどがいろんなバージョンで弾いているのを聴くことができるものの、オケとピアノのためのオリジナルの作品としてはあまり聴いたことがなかった人もきっといたでしょう。『ヘ調の協奏曲』はもうかなり有名ですので、これはよく聴くことのできる作品です。ただ、この曲も『ラプソディ・イン・ブルー』と同様に、楽曲内でピアニストが自由に弾くことができる余地がけっこうあると言えるでしょう。いや、そのように考えられるようになったのはひょっとしたらまだ最近のことかもしれません。以前も紹介したことのあるピアニスト、フランク・デュプレはこの協奏曲の第3楽章後半で一定の長さを持った自作のカデンツァを入れていました。
もちろん一昨日の菊池亮太さんも、この『ヘ調の協奏曲』の第3楽章の後半で長い即興的カデンツァを入れていました(なぜか私のPCは視聴中に一番大事なこの部分で動画が固まってしまいました(泣))。特筆すべきは、菊池さんの演奏ではとにかくこの部分だけではなく、もちろん第1楽章や第2楽章、そして第3楽章の他の箇所など至るところで即興的な要素が入ります。もはやこれは即興ではなく彼のセンスというか彼自身の芸術性がなせる技でしょう。おそらくはこれまでジャズピアニストにしか許されていなかったこのような即興的挿入句を入れる余地が楽曲としては、『ラプソディ・イン・ブルー』と『ヘ調の協奏曲』だけだと思うのですが(他の2曲はほぼ作曲家のオリジナルで弾くべき作品でしょう)、菊池さんの場合はもうパッセージや装飾だけではなく、完全に作曲されたとしか思えない長いカデンツァ風の楽句があちこちに増えていきます。それはどんなに長いバージョンでも完成された作品として一曲の自然な流れの中に聴くことができるもので、それはこの曲を熟知している聴衆や、楽譜を見ながら聴いたりしない限り、どこからどこまでがガーシュインでどこからが菊池亮太なのかが多くの人にはきっとわからないことでしょう。
これだけの創造性を発揮できるピアニストが一体どれだけいるかわかりませんが、ガーシュインにおいては上の2曲などで今まではジャズピアニストにしか与えられていなかったような自発的な演奏スタイルが、現代ではもうクラシックとジャズとジャンル分けをせず普通のことになってきつつあるように思います。上に挙げたデュプレだって基本的にはクラシックピアニストと言えると思うのですが、『ヘ調の協奏曲』で演奏した自作のカデンツァについて、私が本人に「あれはいつ作曲したの?」と聞くと、「いや、楽譜になんか書いていませんよ。ほとんど即興で弾きました」と言っていましたから、おそらく菊池亮太さんのあのクオリティのカデンツァでもほぼ即興ではないかと考えられます。この辺りは本人にインタビューして聞いてみたいところですが、ウェイン・マーシャルもそうでしょうし、角野隼斗さんなどもそうでしょう。現代のピアニストが新しい時代を迎えていることは確かです。
そういう意味では最近のピアニストたちはガーシュインという作曲家に新しい光を当ててくれたということを感じます。実際に『第2ラプソディー』は演奏会ではほとんど弾かれていませんでしたし、ガーシュインはアメリカの作曲ですがクラシック音楽ではあるし、ジャズの要素も時代的に限られたものしか入っていません。なんと言ってもカプースチンが生まれた年にガーシュインは亡くなっているのですから。現代のピアニストたちによってその後のジャズやラテンやロックの要素が付け加わって再発見される余地があったというか、新たな可能性が今発見されたということなのかもしれません。実際に、菊池亮太さんが演奏した即興部分はガーシュインの時代から100年くらいは発展したいろんな音楽の要素が散りばめられていましたが、それらはガーシュインの原曲に完全にマッチしていたと感じました。例えば、20世紀中にもモーツァルトのピアノ協奏曲にジャズ風のカデンツァを作曲して弾くピアニストもいたりしましたが、それは明らかにモーツァルトの音楽とは異質のものが挿入されたと誰もが感じられ、違和感を感じる人がいたかもしれないと感じられるものでした。それでもコンチェルトではピアニストがカデンツァくらいは原曲を離れて自分の好きなように主張する、というようなスタイルが良しとされていたかと思います。ところがガーシュインの演奏における菊池さんの場合は、現代的な要素や自分の個性をさまざまに入れても、ガーシュインの音楽にすべてが自然に溶け込んでいると感じられました。おそらくそれが菊池さんのスタイルの独自性であり、彼のピアニストとしてのこだわりではないかとも思いました。
とにかく今回のコンサートを聴いていろんな意味で感動し、菊池さんにはいつかいろいろ質問してみたいことが出てきました。今後の演奏活動も楽しみにしています。
(ちなみに一昨日のこのオケを振った和田一樹さんは、私とカプースチンのピアノ協奏曲第4番を日本初演してくれた指揮者でした!!繋がりを感じます。)