この曲名を見たら、もう誰もが「カプースチンの曲ですよね」と思うでしょうが、それ以前にはピアノの世界では、例えば『3つの演奏会用エチュード』と言ったらリストの曲、というような反応しかなかったかと思います。ただ不思議なことに、こちらは『3つの演奏会用練習曲』と呼ぶ習わしがあって、言葉としては「エチュード」も「練習曲」も同じなのですが、日本語では言い方がいったん決まってしまうとそれが固定して定着してしまうことがあるのです。ですので、例えば『演奏会用エチュード』という固有名詞で検索すると、ほぼカプースチンの作品しかヒットしない状況になっています。本当に不思議なことだと思いますが。
さてすっかり有名になったこのカプースチンの『8つの演奏会用エチュード』。ごく最近もとても多くのピアニストやピアノ愛好者たちが演奏しています。昨日も角野隼斗さんが演奏会のアンコールで第7番を弾いたとかいう情報が私の耳にもなぜかタイムリーに入ってきます。今回の彼の演奏を私は聴いていないのですが、彼が2年半前にこの8つのエチュード全曲を弾いたサントリーホールのリサイタルには行ったので、その時のレポートはブログに書きました。
2023年2月の過去記事ですが、あらためて紹介しておきます↓
この第7番はもちろん楽譜どおりに弾くだけでも難しい曲ですが、きっと彼のことだから今回も何かしらクリエイティブなアプローチで演奏したのではないでしょうか。昨日のコンサートを聴きに行った方にはぜひ教えてもらいたいです。この曲は8曲の中で最も長く、三度の重音で奏される音楽もその後のストライド奏法も弾いていて楽しく、弾きごたえも聴きごたえもある曲です。
ほかには第4番も時間的には最も長い曲です。このエチュードはなぜかあまり好んで弾く人がいないのですが、例外的に最近数々のコンクールで入賞している小学生の天野薫さんが取り上げたのを記憶しています。私はそのことが珍しくてすぐに注目してしまいました。彼女は過去の「カプースチン祭り」やいくつかのコンクールのステージでもこの曲を演奏したはずです。第4番は他のエチュードのようにリズムに追われるような感覚はないのですが、意外にも暗譜が難しくて仕上げるまでに時間がかかる曲だと思います。
◎この機会に他の6曲のエチュードも軽く紹介しておきたいと思います。
第1番はもちろん言わずとしれた名曲で、誰もが最初に弾きたいと思う曲になっています。まさにカプースチンと言えばこの曲!というノリの良い曲で、ドラムのビート感覚をピアノで表現したという典型的な曲で、多くの人が初めて「16ビートのドラムの音をピアノでこんなふうに表現できるのか!」ということを知ったのです。
第3番も特に人気が高い曲で、かてぃん(角野隼斗)さんがYoutubeで早くから演奏していました。おそらくはその演奏でカプースチンの音楽を知ったり、大きな影響を受けたりした人も多かったのではないでしょうか。ジャズロックのリズムが本当に心地良い曲です。この曲を弾きたいと思う人は第1番に劣らず多い印象です。
第2番は『夢』という8曲の中で一番詩的なタイトルがついていますが、重音エチュードの様相は第7番のそれと共通したものがあります。中間部もけっこうテンポの速いジャズワルツで、意外に技巧的な曲なのです。辻井伸行君が2003年(当時は中2)にテレビ番組の生放送で演奏して話題になった曲でもあります。
第5番は『冗談』というタイトルがついていて、ブギウギのような書法で書かれているかなりジャズっぽい曲ですが、この曲は紀平凱成君(当時高校生)がやはりテレビの生放送で弾いたことで大きく印象づけた曲にもなりました。難易度はやはりかなり高めなので弾く人はとても少ない印象です。
もちろん8曲全曲を軽く弾いてしまうピアニストもいるわけで(上述の角野隼斗、辻井伸行など)、まあそのような人たちは例外でしょうが、普通は好きな1曲選ぶとしたらこの曲!という感じでまず自分が弾いてみたいと思う曲を皆さん選ぶようです。その中では第6番もときどき選ばれる曲の一つです。曲がキャッチーなので「弾けそう!」「楽しい!」と思うのですが、この曲も聴いた印象とは裏腹に、譜読みをしていくうちにかなりの難しさを感じます。
第8番は比較的弾きやすく、最初に取りかかる曲としてまずはこれを選ぶか、あるいは2曲目として取り上げる人は多いようです。テンポは速く聴こえるのですが、こちらは聴いた印象よりは譜読みがしやすく、弾きやすいと感じる人も多いようです。また演奏効果も抜群にあります。
私は自身の著書「カプースチン」(2018年刊)には、この作品をかなり軽い触り程度にしか紹介しなかったのですが(当時すでにあまりに有名だったので)、今後はまたいろんな視点から何度も紹介したいと思います。やはり名曲にはそれだけ語られる価値があるのでしょうから。
でも「カプースチン祭り」のようなカプースチンファンが多く集う機会には、あえて誰も知らないようなカプースチンにもフォーカスする機会にしたいと思っています。もちろんあまりマニアックになってはいけないと自戒していますが…。