以前も書いたことがありますが、一般的にクラシックのピアニストはジャズミュージシャンのように即興演奏をする習慣がありません。簡単な即興演奏や作曲ができる能力があれば音楽家としてそれに越したことはないのですが、長年のピアノ教育ではそのようには訓練されてきていないのが普通だと思います。ただ、もちろんクラシック演奏家も何らかの形で「創造力」は使わなければいけない、ということはこれまでもいろいろ書いてきた覚えがあります。大作曲家たちが残した「楽譜」にただ忠実に弾くだけで良いのか。そもそも「楽譜に忠実」とはどういうことを言うのか…。
お客さんがたくさん集まるクラシックコンサートとは、今後どんな形態のものになっていくのだろうか…。これについては時代の流れを見てよく考えていかなければいけないと思います。
毎年8月末に野外で行われているイープラス主催のStand Up! Classics Festivalが今夏もありました。今回は「異例の暑さ」のため配信のみのコンサートになり残念でしたが、その配信を観ることはできました。かなりクリエイティブな内容で、出演者も多彩で楽しいコンサートでした。
例えばよくこのサイトで紹介してきた角野隼斗さんなどもいくつかの演奏で登場していましたが、ガーシュインの『ラプソディ・イン・ブルー』では自身の即興的パッセージを全曲通じて入れていましたし、最後のラヴェルの『ピアノ協奏曲』でも、今回は特別に書き下ろされた狭間美帆さんのアレンジの上でかなり自由に「ソロパート」を料理して演奏していました。はっきり言ってこれはジャズピアニストの能力そのものですが、本人はクラシックを発展させているという意識なのではないかとも思いました。以前はジャズピアニストしかやらなかったジャンルの演奏ですから時代が変わったものです。聴衆にとっては何が飛び出すかわからない演奏はワクワクしますし、そのライヴだけの特別感があります。
ちなみにこのフェスのレビューは以下ですのでぜひ参考にしてください。
『スタクラフェス2023 ONLINE』開催レポート
また、クラシック曲でもさまざまに楽譜や楽器編成を変えていろんな形態で演奏するということは最近ではよく行われます。4月の「カプースチン祭り」に出演していただいたザ・レヴ・サクソフォン・カルテットにしても、カプースチンがピアノソロのために書いた『24のプレリュード』を全曲サックス四重奏にアレンジして、ピアノで演奏されるのとはまったく違った魅力を聴衆に伝えてくれました。(その後、彼らはTV『題名のない音楽会』でも数曲披露していました。)
バッハなどは以前からジャズ風に編曲されたりすることはありましたし、ショパンのピアノ曲でも他の楽器編成にアレンジされて演奏されている音源が耳に入ってきたりします。あるいは、もっとクリエイティブにクラシック作品をアーティストの立場から知的に加工して楽しませてくれる人もたくさん存在します。
カプースチンの楽曲ということで言えば、これまでにピアノ以外の楽器奏者も自由にアレンジして演奏しているケースが多く見られます。例えばサックス四重奏への編曲はザ・レヴよりも以前にすでにいくつかなされていたようですし、有名な『8つの演奏会用エチュード』などはもうかなり多くのピアノ以外の楽器のためにアレンジされて演奏されているのをいろんな音源で聴くことができます。
最近は、カプースチンの『ピアノ協奏曲第5番』『2台ピアノと打楽器のための協奏曲』ほかの作品を録音したドイツのピアニストのFrank Dupree(フランク・デュプリー)などが出てきましたが、彼のトリオでは自由な発想でカプースチンの音楽を活かすアレンジを行なっていてとても楽しめます。ドラムが入るだけで曲が生き生きとしますし、またDupree自身がドラマーでもあるので全体的にグルーヴ感が良いです。彼はガーシュインやラヴェルも弾けばモーツァルトも弾くので、一応クラシック演奏家と言って良いのでしょうが、もはやどんなジャンル分けをして良いのかわかりません。
このようにいろんな若手演奏家たちが世界中に出てきて、カプースチンに限らず多彩なニーズがあることがわかります。演奏家たちはもっと創造性を発揮して、古い伝統の中にも新しい要素を織り込み、本来的な音楽の魅力というものをもっと多くの人に伝える術を身につけなければいけないのかなと思います。
さてそのFrank Dupreeとは、近いうちに一緒にご飯を食べに行くことになりました。(えっ?!)
彼とのカプースチン談義はきっと熱いものになると確信しています。