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カプースチンからの手紙[第5回]


[2004年9月3日]


「もちろん、『フィナーレ』(第8番)の第2テーマはまだ『第2番』が存在していなかった時に作曲されたものだよ。でもここでの焦点は、聴取者にはその反対だと思ってもらわなければいけないということ、つまり、第2番のエチュードのメロディが『フィナーレ』で再び使われたというふうに。

1)12ページ、3段目: ここはつまりこういうことだ ― もしこの表記の「付点四分音符」がテンポが変わる前の最後の小節の上に書いてあって、「付点二分音符」がテンポが変わった後の最初の小節の上に書いてある場合は、私の表記の仕方が正しい ー つまり楽譜に書いてあるとおりだ。もし両方の音符をテンポが変わった後の最初の小節の上に配置するなら、あなたの言う表記のとおりで良い。

(後文省略)」


上のメールの書き出しは一番最初に出版した『8つの演奏会用エチュード』の編集時に私が質問したことに対して答えてくれたものです。メール自体はこの後ずっと続くのですが、とりあえず最初の2段落のみ抜粋しました。以下に説明したいと思います。

前段のほうは、カプースチンの曲に詳しい方はご存じかもしれませんが、『8つのエチュード』の第2番と第8番には中間部にまったく同じメロディが出てきます。ただ、私は第8番のほうが先に作曲されたことを知っていたので、どういう理由で第2番に同じメロディを転用したのかが知りたくてカプースチンに質問した内容です。
作曲家というものは、つくづく面白いことを考えているのだな、と思いました。

後段のほうは、楽譜の表記に関することで、こちらのほうが少し大事なので詳しく説明したいと思います。
「12ページ、3段目」というのは、エチュード第2番『夢』の23小節目のテンポが変わる箇所について話しています。該当部分の自筆譜を下に載せますのでご覧ください。


通常、曲の途中で作曲者がL‘istesso Tempo(同じテンポで)など、前の楽節との関連性を残しつつテンポを変える際は、音符で「新しいテンポの音価=これまでのテンポの音価」というふうに書くと楽典では習います。まさに上のような箇所です。
実はこの表記なのですが、なぜかカプースチンはいつも逆に(「旧音価=新音価」の順序で)書くので、これはなぜか?と思って質問した時のカプースチンの答えが上のメールでした。
このメール後にまだ説明が続き、例としてカプースチンはストラヴィンスキーの『ペトルーシュカ』の25~26ページ部分の表記は自分の書き方の方式で書かれてあり、例えばバルトークの『14のバガテル』の第9番の13~14小節の部分などの例ではMasahiroの言っている書き方の表記が見られ、「どちらも正しい表記だとは思う」というふうに説明を始めました。その上でカプースチンは、「ただ、後者のほうはあまりロジカルでないような気がする」と言っていました。

それで実際の楽譜の編集では、カプースチンが良いと思う方の表記にしたのですが、その際になぜか「旧音価=新音価」の2つの音符はそれぞれの小節の真上に配置すべきはずが、2つとも新しいテンポが始まる最初の小節の上に置かれてしまったのです。これがそのまま踏襲されていって、その後のカプースチンのすべての楽譜において、このような箇所ではこの表記(通常とは逆?)になってしまいました。

ひょっとしたら楽譜編集者にしかわかってもらえないような細かい話になってしまったかもしれませんが、カプースチンはこんなふうに楽譜校訂の際にはかなり細かいところまで気にしていたことは知ってもらえればと思いました。にもかかわらず、実際の校訂作業では必ずしもすべての点において完璧には実現できなかったこともありました。
カプースチンの曲を勉強する際にひょっとしたら楽譜の表記で疑問に思った人もいるかと思ったので、メールの内容を元にして説明を試みてみたという次第です。ぜひ上で挙げたストラヴィンスキーとバルトークの曲の楽譜を持っている人は参照してみてください。

追記:先ほど入ってきた情報ですが、明日1月6日(土)10:00からTV朝日「題名のない音楽会」で辻井伸行君がカプースチンの演奏で出演するようです!
早速番組のサイトをチェックしてみたら角野隼斗さんも出るようですね。カプースチンがここまで広まったのは彼らの功績も大きいと思います。(角野さんが明日弾くのはカプースチンではないようですが…。)

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