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カプースチンからの手紙[第13回]


今回紹介するカプースチンの手紙は特別バージョンです。
2006年4月23日に私はサントリーホール(ブルーローズ)で初めてオール・カプースチンのリサイタルを行なったのですが、その時のプログラムは以下の内容でした。


アンダンテ 作品58
“ブラジルの水彩画”によるパラフレーズ 作品118
“ブルーボッサ”によるパラフレーズ 作品123(世界初演)
ドゥヴォイリンの主題によるパラフレーズ 作品108
ピアノソナタ第13番 作品110(世界初演)
        …休憩…
子守歌 作品65
2つの練習曲のような装飾的小品 作品122(世界初演)
24のプレリュード 作品53より 第18、9、12、13番
ピアノソナタ第12番 作品102


恐れ多くも、私はこのリサイタルのためにカプースチン本人にコメントを書いてほしいとお願いしたのでした。そうしたらカプースチンはリサイタルへの推薦文と自作品への短い解説までも丁寧に書いてくれたのです。その時のカプースチンの優しさとその文章に感激したのを覚えています。
推薦文はこの時の演奏会プログラムに直筆コピーとともに翻訳を載せましたが、この時の実際のメールの全文を少し長めですがここに残しておきたいと思います。

[2006年2月2日]
「親愛なるマサヒロ!

そのような文章(演奏会へのコメント)を書かなければいけないなどという経験はこれまでなかったけど、まあやってみても良いでしょう。例えば次のような感じではどうだろうか:

日本では、川上昌裕はピアニスト、教育者、楽譜編集者の3つの専門分野を兼ね備えた非常に優秀な音楽家としてよく知られていると思います。私にとって彼は何よりもまずピアニストです。それは彼が私の音楽を積極的に宣伝しているからそう言っているのではなく、重要なのは川上さんが私のイメージに非常に近い演奏をしてくれるということです。この点において、彼と比較できるのはマルク=アンドレ・アムランだけです。また、非常に短い時間で最も難しい曲を習得する彼の不可解な能力にも驚かされます。最後にもう一つ付け加えたいのは、私の作品のより優れた校訂者はこれまでに存在せず、おそらく今後も存在しないだろうということです。


ではここからコンサートの曲目について簡単に。

このリサイタルで演奏される9作品のうち、私は川上さんの演奏では4作品しか聴いていません。もし私が残りの作品を聴けるとすれば、それは彼がそれらの作品を次のCDに録音にした時でしょう。

Op. 58. ゆったりしたテンポのまさにジャズっぽい小品
Op. 118、123. ラテンアメリカのリズムをピアノを使って表現した試み
Op. 108. この主題を作曲したポール・ドゥヴォイリン氏の要請で書いた作品
Op. 110. 次々と小品を書き始めていた時に、これはもう少し大きなソナタの1楽章になりそうだと思ってさらに3つの楽章を加えた
Op. 65. この小品は“アンダンテ“と同じように今から16年前に書いた。そういうわけで、この2作品はもうかなり古い曲だ
Op. 122. 2つのとても短いがとても難しいエチュード(名前とは裏腹に)
Op. 53. この作品はプログラムの中で一番古い(1989年)。現在の私のスタイルとはだいぶん違う
Op. 102. これは私の唯一の2楽章形式のソナタ。曲はいわばメヌエットである第3楽章から始まるが、4分の3拍子にもかかわらずメヌエットには見えない


—–

こんな感じで最終的には50語には収まらなかった。その4倍にもなったよ! なので少し短くカットしなければいけないね。もちろんどこかを完全に削っても良いし、好きに何かを書き足してもいいよ。

ではごきげんよう。
N. カプースチン」


この時点では私はカプースチンと楽譜の編集・校正の作業はずいぶん一緒にさせていただいていましたが、演奏のほうではまだ最初の2枚のCDしか出ていない時で、カプースチンもその録音しかまだ聴いてくれていません。私はその後10年以上もかけてさらに6枚のカプースチンのCDを録音するわけですが、この時点ではまだカプースチンのことをほとんど何も知らなかった状態だったと今では思います。そんな私にさえ、カプースチンはこれだけ有り難いほどの文章を書いてくださる気前の良さというか、人に対しての優しさとか、そういうものを強く感じた覚えがあります。これだけ素晴らしい文章を書いてくださって、もし長ければ自由にカットして良いですよ、という、本当に心の広い方でした。こんなカプースチンの直筆、どの一文も削除できるものではありません(笑)。

ちなみに、オール・カプースチンのリサイタルの準備は思っていた以上に大変で、しかも音源のない曲が多かったので苦労した記憶があります。この時点ではまだ自分が理想としているような演奏は全然できていなかったように思います。これがもう18年前の出来事。もう懐かしく回想するような時代になってきましたが(笑)、せめてもう25年もカプースチンをやってきた成果(?)を来月末の「カプースチン祭り2024」で披露できればと鋭意準備中というところです。

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